一年後の世界

一年後の世界震災から一年が経ちました。
直接的、間接的に被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。

一年経って、何かを書けるだろうか、と思ったけれど、とても何かうまく表現できる気がしません。
とはいえ、何かを書いてみることで、そこでは表現できない何ものかが文脈からにじみ出るような感じで、どこかの誰かに伝わればいいなとも思います。

一年前のそのとき、わたしは大阪で仕事(会議)をしていました。
ゆっくりでしたが、とても大きな揺れがあり、久しぶりに体感する地震でずいぶん感覚が鈍ってしまっていました。
会議室から出ることもなく、揺れが落ちついた後、すぐに会議を続けました。

思えば高校1年生だった阪神大震災のとき、明石で震度7の揺れを経験し、その後も余震の続く毎日を過ごしていたのですが、時間の経過とともに自分の中の危機感も薄れていってしまっている、ということをとても痛感します。
時間が経つ、ということは、危機感が薄れていく、ということでもあります。
これは人間の本能的なものでもあろうかと思いますので、意識的な振り返りが必要です。

今一年が経過して、一年後は今のような状況になっているだろうと、想像している人はいたのでしょうか。
原発事故に始まった電力の問題、放射能の問題、地域の復興の問題、仮設住宅の問題、解決までにほど遠い問題が山積みになっているように感じます。

そんな中、震災後、自らの仕事についても考えることが多くなっていました。
今の仕事をしっかりとやる、ということで、日本の落ち込んだ経済を再び回るための一助になるべき、という想いを持ってこの一年やってはきましたが、やはり自分がやるべきこと、とは少し違うような気持ちもどこかで持ったままです。
自分が経済的にしっかりし、寄付をすることで被災地の復興にも協力する、という考え方と、自分の生き方について照らし合わせてみたときに、自分の中でしっくりくるような気がするときもあれば、しっくりこないときもあるのです。結論は出ないものの、このまま今の仕事を続けていくことでよいのか、たまに悩みます。

こういう悩み自体、きっと現地を見ていない、ということも関係しているように、自分の中で思うところがあります。

これから何年か経って、子どもたちが物心ついて、理解が出来る年頃になったときに、直接子どもたちを連れて現地に行きたいと思っています。
小学校の修学旅行で、広島に行きました。原爆の被害に遭われた方の口から直接、当時の状況をこと細かに聴きました。そのときのストーリーや内容というのは、今も完全に忘れてしまって自分の頭には残っていませんが、別のものが自分の頭には残っています。その話をしてくれたおばあちゃんの「意識」そのものが自分の頭の中に残っているように思うのです。これは、言葉で語ることはできませんが、とてもとても自分の中で大事なことなんだろうと、そんな風に感じています。源体験、のように自らが体験したわけではないけれど、そこに少し近い何ものかを受け取った、ということなのかもしれません。

阪神大震災でも、5年や10年は復興の最中でした。
原発事故のことを考えると、復旧すらままならない状況で、復興を遂げるというのは世代を超えた取り組みになるのだと思います。
自分の中で今すぐでないにしろ、もっとより人生の一部に、自分に近いものとした動きや行動をしていきたいなと、一年経った今感じています。

週末、テレビでたくさんの映像が流れていました。
映像の力は本当に大きなものだと思います。

家族、親類、友達を亡くされた方、言葉で伝わらないものが、映像を通して、表情を通してとてもダイレクトに、心に響いてきます。
数えきれぬほどの方が、このような想いをもたれた、ということは、本当に言葉にできません。

私の経験した病気も似たようなところがあるかもしれませんが、実際にその場にいて体験をした、ということと、映像を通して疑似体験した、ということは、天と地ほどに違いがあって、よく「風化」と言いますけど、そのスピードも桁が違うと思います。
ですので、まず自らを「風化」させずにいるための策について、しっかりと考えていきたいと思います。

テレビなど映像からプッシュされてくるもの、だけでは不十分です。
自らがプルし続けることで、自らの意識を持続し続けることができるものと思います。

書いてみて、予想通りまとまりはないものの、引き続き、震災により向き合って生きていきたいと想いを強くしました。

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“一年後の世界” への2件の返信

  1. この業界、常にわからない事だらけ。続けていくべきか?
    蜃気楼のようなものを相手に常に向かい合っている気分です。
    震災直後、私は体調と体力面から現地へはいけませんでしたが
    福島、宮城へエンジニアを向かわせて関西から管理させてもらいました。
    判断、伝達、指揮の系統が破綻していて機能不全を起こしている中で
    現場に向かったエンジニア達はよく頑張ってくれたと思います。
    経験と知恵の偉大さを再認識することもできましたね。
    あと、寄付よりは関西から一人一人がお金を使っていく事の方が大事だと私は考えています。
    金は天下の回りもの、我等が消費したお金はめぐりめぐって現地へ還元されていくはずです。

  2. コメントありがとうございます。現地に行った人の生の声を聴くというのも大切に感じました。お金を使う、というのも確かにそうですよね。寄付、についてはソーシャルファンド的な、特定の用途が決まっているようなケースで、今後も微力ながら継続していこうかなと考えています。

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