とっても久々にブログ

前にブログ書いてからもう半年ちょっと経ちました。
2012年は週に一回のペースでアウトプットしていこうと宣言までしていたのに情けない話です。。。
有言実行というのは、やっぱり難しいですね。言い出したら自分もちゃんとやるだろうと思ってのことだったんですけど、なかなかそうはうまく行きませんでした。あんまり数量的な目標は立てない方がいいなぁーと思った次第です。

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あっという間に半年

とっても久々にブログ。
iPadから書いてみることにします。

今年は毎週ペースでブログを書くつもりだったのに、4月に異動で仕事が変わってからというものなんだか色々とバタバタしてたら気づけば今で、随分とここも放置することになってしまいました。
半年も経てばたくさん出来事があって、ほんとは色々と書きたいことがあるけれど、とりあえず備忘録のために半年間であった出来事を記録しておくことにします。

  • 4月 異動で仕事ががらっと変更。次女2歳!
  • 5月 仕事の変化が原因で、久々に心調が若干不調に。長女コマなし自転車をマスター!GW終盤より、突如奥さん体調不良で一時動けない状況に。
  • 6月 34歳になる。
  • 7月 奥さん再度体調不良で入院。母親に頻繁にヘルプにきてもらっていたことがきっかけとなり父親と大げんか。
  • 8月 奥さん退院。次女トイレトレーニング成功!長女5歳!
  • 9月 月末で社会に出てちょうど10年に。
  • 奥さんの病気をきっかけに、毎日子供たちを朝夕保育園に送り迎えすることになりました。夏場は特に、2人自転車に載せて大量の保育園の荷物を持っての移動は大変で、これまで仕事にかまけて生活の負担を随分と押しつけてしまっていたんだなぁと痛感しました。8月からは実家のヘルプも全く頼れない状態になり、今思えば毎日気が張り詰めていたような。今では奥さんも以前に比べるとずいぶん回復して、だんだんまた送り迎えをしてもらうことも増えつつあります。とはいえ引き続きあまり負担をかけないようにしなければと思ってます。沢山の病院に通っていますが、あるときぱっと完治する、というような病気なのかもよくわからない状況なので、のんびり構えることが大事です。

    仕事のほうもあんまりうまいこと軌道に乗らず、役割や能力についてとってもモヤモヤすることの多い日々ですが、一日一日前向いて一歩ずつ歩みは遅くとも進んでいかなきゃと想い過ごす今日この頃です。昨日より今日、今日より明日は少しずつでも良くなっていくことを信じて。

    一年後の世界

    震災から一年が経ちました。
    直接的、間接的に被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。

    一年経って、何かを書けるだろうか、と思ったけれど、とても何かうまく表現できる気がしません。
    とはいえ、何かを書いてみることで、そこでは表現できない何ものかが文脈からにじみ出るような感じで、どこかの誰かに伝わればいいなとも思います。

    一年前のそのとき、わたしは大阪で仕事(会議)をしていました。
    ゆっくりでしたが、とても大きな揺れがあり、久しぶりに体感する地震でずいぶん感覚が鈍ってしまっていました。
    会議室から出ることもなく、揺れが落ちついた後、すぐに会議を続けました。

    思えば高校1年生だった阪神大震災のとき、明石で震度7の揺れを経験し、その後も余震の続く毎日を過ごしていたのですが、時間の経過とともに自分の中の危機感も薄れていってしまっている、ということをとても痛感します。
    時間が経つ、ということは、危機感が薄れていく、ということでもあります。
    これは人間の本能的なものでもあろうかと思いますので、意識的な振り返りが必要です。

    今一年が経過して、一年後は今のような状況になっているだろうと、想像している人はいたのでしょうか。
    原発事故に始まった電力の問題、放射能の問題、地域の復興の問題、仮設住宅の問題、解決までにほど遠い問題が山積みになっているように感じます。

    そんな中、震災後、自らの仕事についても考えることが多くなっていました。
    今の仕事をしっかりとやる、ということで、日本の落ち込んだ経済を再び回るための一助になるべき、という想いを持ってこの一年やってはきましたが、やはり自分がやるべきこと、とは少し違うような気持ちもどこかで持ったままです。
    自分が経済的にしっかりし、寄付をすることで被災地の復興にも協力する、という考え方と、自分の生き方について照らし合わせてみたときに、自分の中でしっくりくるような気がするときもあれば、しっくりこないときもあるのです。結論は出ないものの、このまま今の仕事を続けていくことでよいのか、たまに悩みます。

    こういう悩み自体、きっと現地を見ていない、ということも関係しているように、自分の中で思うところがあります。

    これから何年か経って、子どもたちが物心ついて、理解が出来る年頃になったときに、直接子どもたちを連れて現地に行きたいと思っています。
    小学校の修学旅行で、広島に行きました。原爆の被害に遭われた方の口から直接、当時の状況をこと細かに聴きました。そのときのストーリーや内容というのは、今も完全に忘れてしまって自分の頭には残っていませんが、別のものが自分の頭には残っています。その話をしてくれたおばあちゃんの「意識」そのものが自分の頭の中に残っているように思うのです。これは、言葉で語ることはできませんが、とてもとても自分の中で大事なことなんだろうと、そんな風に感じています。源体験、のように自らが体験したわけではないけれど、そこに少し近い何ものかを受け取った、ということなのかもしれません。

    阪神大震災でも、5年や10年は復興の最中でした。
    原発事故のことを考えると、復旧すらままならない状況で、復興を遂げるというのは世代を超えた取り組みになるのだと思います。
    自分の中で今すぐでないにしろ、もっとより人生の一部に、自分に近いものとした動きや行動をしていきたいなと、一年経った今感じています。

    週末、テレビでたくさんの映像が流れていました。
    映像の力は本当に大きなものだと思います。

    家族、親類、友達を亡くされた方、言葉で伝わらないものが、映像を通して、表情を通してとてもダイレクトに、心に響いてきます。
    数えきれぬほどの方が、このような想いをもたれた、ということは、本当に言葉にできません。

    私の経験した病気も似たようなところがあるかもしれませんが、実際にその場にいて体験をした、ということと、映像を通して疑似体験した、ということは、天と地ほどに違いがあって、よく「風化」と言いますけど、そのスピードも桁が違うと思います。
    ですので、まず自らを「風化」させずにいるための策について、しっかりと考えていきたいと思います。

    テレビなど映像からプッシュされてくるもの、だけでは不十分です。
    自らがプルし続けることで、自らの意識を持続し続けることができるものと思います。

    書いてみて、予想通りまとまりはないものの、引き続き、震災により向き合って生きていきたいと想いを強くしました。

    1週間に1度のアウトプット

    去年は10日に1回くらいブログを書こうと年始あたりに目標を決めました。
    結果としては42本のなにかしらを書いたということで、一応達成です。

    元旦に今年の目標を立てましたが、ブログについては定量的な目標を立てておこうと思います。
    今年は、1週間に1度書く、というスタンスでやっていきます。
    10日に1度くらいでやってみて、仕事が多忙だったりすると厳しかったりすることもありますが、書けるときはもっと書けそうな感じでした。
    ということで、今年はもう少しタイトにしてみて、1年52週、52個以上のなにかしらを、ここに記していこうと思います。
    1週間のリズム、または習慣化する、というのが結構重要のように最近感じるからです。
    ただ、何曜日に書く、というのは決めずに、その辺は自由にしようと思います。
    1週間のなかの流れの緩急は、その時々によって変わるはずなので。

    ここで書いているくらいの、頭の中にあることを少し長い文章としてアウトプットする、ということについての考え方が変化しています。
    ここで書き始めてからは3月で3年になろうとしていますけれど、特にテーマも決めず、自由に書いているために、変化が生まれやすいようです。
    どんな風に変化するかというと、例えば読み手の観点では、読んでいる人がどんな感じなのだろうか、ということをイメージしながら書くこともあれば、将来の自分の読み返し(つまり自分が読み手)をイメージして書くこともあります。
    他には書く内容という観点では、子育てならこうあるべき、ということを書きたいこともありますし、こんな悩みを持ちながらも色々前に進んでいくんだなぁ、というようなことを共有したく書くこともあります。

    その時々の自分の体調のリズムであったり、精神性のリズムであったり、そういうものが書いたものにはとてもよく現れているように感じます。
    振り返って自分で読む、ということも考えると、長過ぎず短すぎずの今くらいの文章ボリュームが自分にはあっているような気がします。
    全般的に、思います、感じます、気がします、が多いのが今の自分の特徴でもあります。
    断定することであまり責任を負いたくないような気持ちが出ているのかもしれません。

    書いているときも、自分の感情や固定観念がよく見えますが、振り返って読み返すときもよりそういうものが見えることがあります。
    人生の中を進んでいく日々に、とてもたくさんのインプットが降り注いできます。
    突き抜けていくものもあれば、自分の中に留まるものもある、そういう中から外へ出ていくもの、というのは文章にしてみれば自分にとっていとおしいものであることが多いのでしょう。
    書く、ということが、こんなにも大切なことなのか、というのが最近想うこと。

    いつ、どこで、なにを、どんなふうに、書くのか。
    モノカキではないので、自分のスタイルとして完成することはないのでしょうけれど、引き続きここでは思いつくままに、その時々の自分の中から出てくる何かを記していきたいと想うのでした。

    新年のご挨拶

    明けましておめでとうございます。
    インターネットの向こう側にいらっしゃる、お世話になっている皆様、本年も宜しくお願い致します(^-^)

    昨年は日本をひとつの生命ととらえてみると、とても大きな一年でした。
    そのなかに存在する個々の人々にとっても、生と死という大きなテーマを考えざるを得ない一年だったように思います。

    わたくし個人としても、寛解宣言の節目から一年が過ぎ、改めていのちの大切さ、家族の大切さを想い知る一年でありました。その後再発の兆しもなく、順調に楽しく生きることができていることに心より感謝しています。

    昨年、佐々木常夫さんの講演を聴く機会がありました。お話しを聴き、周りに助けられる有り難みを噛み締めることで、また尽きることない努力に向かうことができるのだ、ということを知りました。たくさんの難局を乗りきってきたからこそ、感じ取れるものが大きくなるのだと想いました。なにもないところで、只頑張る、というのは疲弊以外の何物も生み出しません。今やわたしの思想の一部となった、場の研究所で提唱される「場の思想」では、いのちの活き(はたらき)という表現があり、自らが存在する「場」を重要と考えています。自分が存在する「場」があって初めて、生きてゆく(生きている、ではなく)ことができるのです。

    また、幸せを噛み締めることができるのは、砂を噛むような想いをした、その対比の中でこそできうるのだと知りました。日本には課題がたくさんありますが、それら課題の中にあって苦しいぶんだけ、個々が幸せを噛み締めることのできる社会にしていかねばならないと思います。苦しみを無理に遠ざけることなく、共にしながら、小さな幸せにより目を向けられる、そんな感性を大切にしたいです。

    加えて、佐々木さんは計画を立てることの大切さを説いていました。私も今年から「一年の計は元旦にあり」ということで、年初に計画を立てることにします。

    計画の立て方は、徐々に慣れていくのでしょうけれど、今年は思いつきから始めます(^-^)

    生活に関して

    子どもたちも少しずつ大きくなってきたこともあり、今までは休みの日も家にこもることが多かったのですが、今年は沢山外出し、特に自然に触れさせてあげることにします。
    今体験することが、素養となるような、そんな体験を沢山させてあげたいですね。今年も家族中心でいきます。奥さんの仕事も、子どもたちの成長にあわせて色々やりたいことがでてくるはずなので、しっかりサポートしていきます。

    仕事に関して

    仕事については、昨年初めてチームのリーダーとして任せてもらったので、チーム全体の成長と、個々の成長を常に考えた業務の割り振りを考えたいと思います。
    日本という国では、高齢化の影響もあり、リーダーの役割は特に年配の方に集中します。そんな中で自分に与えてもらえたその役割をしっかりとこなすこと、というのはとても嬉しいことです。(チームメンバーは年上ばかりです)背伸びしすぎるのも手を抜くのもダメで、その瞬間その瞬間で、自分の考える最良の意思決定ができるように、心構えを常に意識しながら仕事にあたりたいと思います。
    チーム全体で長時間の労働にならないよう、メンバーのワークライフバランスを考えられるリーダーを目指します。

    昨年義祖父が亡くなり、喪にふくし新年のご挨拶を控えるところではありますが、時代の流れから勝手ながらご挨拶とさせていただきます。
    ハイカラだったおじいちゃん、それでよいと言ってくれているように思います。

    最後に、わたくしの思想の一部となった「場の思想」について、動画を張っておきます。お時間の許すときにでも是非(^-^)/
    皆様にとって、素晴らしい一年となることを祈念いたします(^-^)

    ワークとライフ

    もうちょっとで3年です。今の仕事に転職してから。

    いろいろとありましたけれど、なんとか3年やってこれました。
    この3年ほどで、ちょうどワークライフバランスが重要!と声高に叫ばれるようになり、言葉自体はそれなりに浸透してきたんじゃないかなと思っていますが、今時点で個人的に思うところを記しておきます。
    (大きな企業に勤めて(一回転職してますけど)みての感想なので、ベンチャーとかフリーランスとかからはかけ離れた感想かも知れませんのであしからず。)

    ワーク イン ライフ タイプ
    自分も含め、比較的若い層には(自分は33なので中堅?かもしれないですが)こういうイメージを持っている人が多いような気がしています。つまり、ライフというのは生活、というより、人生、というイメージが強くて、その中の一部としてのワークである、ということ。趣味などもちゃんと持っているのだけれど、仕事に忙殺され自分の思うような時間を取れないという日々に置いては、非常にストレスを感じ、溜まって行きます。私のようにどこかで破綻して、うつ病発症、なんてことにもなり得るでしょう。

    ライフ イン ワーク タイプ
    仕事・仕事の人生を歩んできて、上層部にいる方にはこのタイプが多いように感じます。仕事=人生であり、その中に生活としてのライフが位置づけられている、そんなイメージです。直接自分がこのタイプでもないので、具体的にどんな気持ちや想いで日々過ごしているのかというのは、想像の範疇でしかないですが、おおよそ以下のようなことを考えて日々過ごしていると思われます。

  • 俺の背中を見れば、次第に仕事のやり方は改善される
  • あうんの呼吸でわからないなら、努力でカバーするべき(懇切丁寧に説明などしない)
  • 決めたスケジュールが全て、納期を守るためなら他のものは犠牲にするのが当たり前(美学)
  • 平日はギリギリいっぱい、土日も常に仕事のことを息をするように考えるべし
  • ちょっと極端な表現かもしれませんけれど、こういう進め方でもこのタイプの人たちはストレスは溜まりません。
    逆に活き活きしているといっても過言ではないでしょう。

    ということで、単純に二つの両極端なタイプに分けましたけれど、実際は多様性のある社会において、もっと間をとったバランスで動いている人もいることと思います。もちろん一人の人間のライフステージ別に捉えても、後者のような考え方に支配される時期と、前者のような考え方による時期が別々に訪れるということもあると思います。

    少なくとも、大きな企業に勤めて思うのは、後者のタイプが上にはびこればはびこるほど、組織内のメンタルトラブルを抱える社員は増える一方だということ。これは後者のタイプが全ての責任というわけではないものの、確実に大きな要因となっていると感じています。(うちの組織も正直フツーじゃない)

    この国の年間の自殺者が3万人、この3万人という数字は3.11の後、とてもリアルな数字として捉えてしまう数字でもあります。

    3年経って、改めて、自らの現状のバランスを客観的に見つめながら働くということの大切さを噛み締める次第であるわけです。特に今の自分のライフステージは、小さな子どもたちの子育てにより多く時間を割くべきとき、という認識なので、仕事ばっかりやってるわけにはいかないのです。というような自覚と、現実のバランスを、なんとかとりもってうまく今を生きる、というのが難しくもあり、チャレンジすべきことでもあります。

    ライフステージの時々によりこういうことをちゃんと考えて実行していかなきゃならない、と考えると、ワークライフバランスを保つことというのは、ライフワークである、ということかもしれません。

    いそがしいひび

    忙しくしていて、ブログを書いてませんでした。

    忙しいと書いて「こころをなくす」「こころがほろぶ」と読みます。

    仕事に於いて忙しいということが、どういうことなのか、思うところを並べてみます。

    忙しい、ということが、チームとしてやるべきことが沢山ある、という状況であるなら、以下を考えるべきです。

    1.時間のかかっているタスクを分析し、短縮をはかる。
    2.タスクを分散し、メンバーの空き時間を減らす。
    3.スケジュールを見直す。

    1、2は日々やっています、のつもりです。
    3ができません。。。

    それなりに権限のある立場にいるため、無意識的にタイトなスケジュールを是とする空気の中で、ある意味厳しい状況を自ら認め、他のメンバーへも追い込んでしまっている、という状況と分析できます。

    これは、空気感を醸造している上司、そのまた上司による影響が大きいように感じます。

    彼らを否定することは簡単ですが、それは、無意識的に追認している自分にも跳ね返ってくることです。

    人生の可処分時間を増やして、家族や地域社会に充てるということが、自らの心の願いであることも認識しているのにも関わらず、このように企業社会、企業文化の弊害によって、自らを苦しめる状況が続きます。

    ここから抜け出せるかどうかが、一つ今の自分の課題となります。
    以前に比べれば、少し高い次元で苦しんでいるという認識はあります。

    とはいえ、こころをなくしてしまっては困ります。
    色々と考えるべきことを考え、バランスをとらねばならないと日々努力する毎日です。

    年度の終わり

    久々にiPodからブログを書きます。
    今日で2010年度も終わり。
    今年度は一年通してちゃんと働くことができたということに先ず感謝。

    大震災のこともありますが、日常を不自由なく送れるということに、このような有難さを感じることができる、ということ自体が、とても素晴らしいことのように想います。

    場の研究所の清水博さんが、この震災における何かの役に立てば、と寄稿されている文章には、「持つために在る」から「在るために持つ」とタイトルがつけられています。

    http://www.banokenkyujo.org/?p=1691

    私は心の病に倒れているとき、いつもこの清水さんの勉強会の音声を聴きながら、まさに癒やされていたのですが、この文章にもあるとおり、いのちの力というものは、とても強く、創出力があったからこそ、回復に至ることができたと感じています。この創出力は、家族という場における創出意欲を支える働きがあったことはいうまでもありません。

    個の話と同じではないことはもちろん分かっていますが、被災地の復興においても、このような創出意欲の必要性を清水さんの文章から強く感じました。

    長い期間に渡る支援が必要になることは明らかですので、私も継続して被災地の支援となることを考え続けることで、自らの風化させないよう心がけたいと想います。

    このブログを始めて2年になりました。

    ここでブログを始めてからちょうど2年になりました。

    地震がおきて2週間が経過しましたが、今でもふと時間があると地震、津波のことを考えます。
    関西では、東京のように電気節約モードでもなく、コンビニでも電気がついてるし、エスカレーターやエレベーターも止まっていません。逆に街がそのように日常の動き方をしているため、東京のように街が機能停止するような事態に陥っておらず、街ですれ違う人々もそれほど沈んだ顔をしていないようです。

    前回書いたもののなかで、直接的に、間接的に被災、と書きましたが、このあたりが今でも腹に落ちていなくて、言葉で説明しようとしてもなかなか説明できないものです。

    言葉で説明することが必ずしも正しいことでもないと思います。
    海外メディアが撮っている写真の数々を見たり、テレビが繰り返し放送している津波の映像を見たり、生き延びた人の文章を読んだり、市や町の長の声明を見たり聞いたり、様々な情報から様々な思いや感情が起こってきます。

    自分の人生の中では、今までで一番大きな災害であり、かつ一番情報があふれている災害でもあります。
    必要な情報を必要な時に、必要な人に与えていくことも、個人のブログを書く人たちが考えることとしてはとても大切なこと。

    このブログでも、いつ、何を、どんな人向けに、伝えていくかということを考えてやっていきたいと思います。

    ちなみに今日はじいちゃん(実父)の73歳の誕生日。
    長く生きて欲しいものです。

    こころだいじに

    このたびの震災で直接的、間接的関わらず大きな被害を受けられた方に、心よりお見舞い申し上げます。

    被災する、という意味においては、直接的に被災された方はもちろんのこと、間接的にも多大な影響を受けた中で苦しみの渦中におられる方もいらっしゃると思います。

    私は大多数の国民の皆様と同じように、何か出来ないものかと思いつつも、なかなか直接的に役に立てるようなことがなく、日々もどかしく過ごしているところであります。ツイッターでは少しでもフォロワーのみなさんにとって(短期的にも長期的にも)よいであろうと思う情報が流れてくればRTなどし、情報共有するように心がけてはおりますが、結局のところ直接的な被災者には、通信手段が途絶えている以上、必要な情報は届かないのが現状でもあると思っています。通信環境の耐災害能力というのは、とてつもなく重要なものであると、今回つくづく感じました。

    高校の頃、住んでいた隣の街、神戸市を中心として阪神淡路大震災がありました。我が家も被災し、大きな揺れだったものの、何とか当日中には電気も復旧し、夜にはテレビも映りました。そのとき映像から流れてきたもののショックの大きさは、今でも頭に焼き付いています。翌日には水道も復旧し、その後長期にわたり水や電気なしに苦しんだ地域と比べれば、被災したとは言え、比較してたいしたものではありませんでした。

    今も報道では、毎日すさまじい光景がテレビに映し出され、その意図ではないのでしょうが、原発の行方も含めて不安を煽られる状況にあります。当時高校生だった自分は、「なぜ自分が生き残って、犠牲になった人たちがこんなにもいるのだろうか、せめて自分が代わりとなれたなら、身代わりに生き残れる人もいるだろうに」という気持ちをよく抱いていたのを思い出します。

    今は募金なり、物資を送るなりということを現実的に考え、実施することも出来ますし、高校生当時の頃のようにほんとうに全く何も出来ないと思い悩むことはありませんが、やはりそれでもこのような状況下においては、無力感というのは誰にも襲ってくるであろうと思います。

    うつ病になった経験も振り返ってみて、ちゃんと折々にこころを開放してあげる、ということが、苦しみの渦中にあっては最も重要なことのように思います。とにかくこころが望むこと(遊ぶことでも、食べることでも、酒を飲むことでも)をかなえてあげることで、また一段とあたまが働くようになり、建設的、希望を現実に変えうるプランなども生み出されていくのだと思います。

    被災者においては、その一人一人の話をしっかりと聴いてあげて、その人のニーズに合った対応をしてあげる、ということが最も求められることである、ということを聞きました。これもその人のこころが望むこと、をかなえてあげることで、またその人のいのちが輝けるように救済することが出来るのだと感じます。

    人を助けることを、みなあたまで望んでいると思います。
    そんな中であっても、人は人間である以上、こころが望んでいることも満たしてあげないと、あたまで望んでいることだけを理論的に突き詰めていくというのは、負担がとても大きなものになってしまうので注意が必要だと思います。

    特に現地で毎日限界までがんばっている、被災者、支援者、東電の方、公務員の方、自衛隊の方など全ての人に、こころを大事に一日一日を過ごしていただきたく、祈る毎日です。