人としての魅力とインターネットの中の自分

人としての魅力とインターネットの中の自分みたいな内容で、つらつら書いてみようと思ったのに、考えてた内容をすっかり忘れてしまいました(笑)

とりあえず、今、思いつくままに。

人として生きている間に、傍からみて魅力ある人間になりたいと思うわけであります。
周りを気にしすぎてもいいことなんてない世の中だけれど、きっと傍からみて魅力ある人間であるという事は、自分が好きである(好きになっていく)ということに近しい、というか繋がるものではないかと感じます。

インターネットが言論空間なのかどうなのかはさておき、普段会って話するあの人が、インターネットではあんな事を言っている、あんなことに興味を持っている、その人物としての魅力としてはプラスとなるかマイナスとなるか。

逆に、インターネットですごいことをたくさん書いている、それは正論かもしれないし、業界の中枢にいなければ知り得ない知識を有しているのかもしれない、そんな人が会ってみたら「あれ?」って感じかもしれません。

そういえば、人としての魅力として、31年生きてきて、個人的に『目』が一番その魅力を投影しているように感じています。

普段はぱっとしない人であったとしても、おっと感じるときは素敵な目をしてる。
しゃべってることが明らかにまちがってても、勢いのある人はきらきらと素敵な目をしてる。
今心の病気で苦しんでいますが、やっぱりひどかったときや今も若干『目』に力が無い気がしています。

なんとなく思うに、自分は五感の中で最も『視覚』を重視しているからじゃないだろうかと感じています。
その人の『見る姿勢』のようなものから、なにかしらを感じ取っている、そんなイメージです。
保育園に送り迎えに行ってみると、1歳児はみんな目がキラキラしています。

ちょっと脱線しましたが、言いたかったのはインターネットが発達して、簡単に「発信すること」ができてしまう世の中だからこそ、一昔前の世代とは圧倒的に違うことがあると思います。

それは実際に会わずして友達ができる、ということ。

数年前なら「出会い系」と一蹴されてバカにされるところでしょうが、もうそんな稚拙な表現では追いつかないぐらい、インターネットの向こうでキーボードを叩いてる人たちは、『リアルな人間性』なるものを発信しているでしょう。
「電縁」という言葉も総務省の白書に出てくるような時代です。

会わずして好きになる、友達になりたいと思う人は必ずたくさん居るはずです。
実際にブロガーは結構そこらでオフ会とかやっているようです。まだ行った事ないですけども。

ただし、日本ではウェブを匿名で使う傾向が強い、というところは変わらないでしょう。
そのためのSNSの台頭だし、仲良くなったらSNSで実名がわかる、という流れじゃないでしょうか。

そんな時代に、良い人と巡り逢って良い友達となるために、インターネットの中に置いておくもう一人の自分を磨く、そんなことが必要になるのではないでしょうか。

さて自分を磨いて魅力的な姿をインターネットの中に置いておくために

・正直である
・自らをなるべくオープンにする
・間違ってあたり前、間違ったときは素直に認め謝る

ぐらいなことを心がけようと思っています。
インターネットの中の自分はいつ何時どこからアクセスがあるかわかりませんからね。

素敵な大人になって、子供にもパパのブログいーね!
と言われる日がくるよう、わかりやすい文章力も鍛えたいと思います。

こんな私にちょこっとでも興味をおもちのあなたは、twitterででもfollowしてみてください。
まったく知らない人とmixiで繋がるのは抵抗があるけれど、twitterはもっと気軽なモノ。

Keep in Touch しておくということは大切なことで、いつか実際に出会う縁があるかもしれませんよ(^^)

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“人としての魅力とインターネットの中の自分” への6件の返信

  1. PCからコメント出来なくなってしまった。ケータイからはうまくいくかのテスト。

  2. ずいぶん軽くなったよな・・・。
    今までなんだったんだというぐらいに。
    絵的にもうちょっと見栄えをよくしたいので、暇なときにいじろうかと思ってます。

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