保育園の日常と成長ぶり
今日は午前中、保育園の保育参観がありました。
ちょうど一年前に同じように参観に行った時のこと。
室内でのいつも通りの遊びを、窓の外から親たちがそっと確認するはず、のところ、あっという間に子供たちに見つかって、あとは泣きわめき大会^^;
うちの子は特に甘えて泣きべそかいてしまって、ずっと奥さんの膝にのりっぱなしの保育参観でした。
今年は天候にも恵まれ、外遊び。
親が境界線の外からみているという状況は、子供たちにも一目瞭然なので、事前に長女に伝えておきました。
「明日はパパとママとばあちゃんと、妹ちゃんで見に行くからね〜」
「朝はパパが保育園に自転車で連れて行ってあげるからね〜」
自転車で連れてく時は、ご機嫌でアンパンマンの歌を歌いながら保育園に到着したんだけれど、預ける瞬間は「はっ」とした感じで、膝の上に座ってぐずりだしてしまいました。まだまだ甘えたさんです。先生に抱っこしてもらい、一度帰宅。
ばあちゃんや次女を連れて、再度保育園へ。
園庭に大きな木の多い保育園なので、木陰で暑さをある程度避けることが出来る中、到着するとちょうどお友達と外へ出て遊びだすところでした。
うちの子ははじめはアウトローな感じでふらふら歩きまわっていたんだけれど、缶ぼっくりでお友達とキャーキャー言いながら遊びだし、お友達と遊んでいるところを見ることが出来ました。
奥さんやお友達の親からは少し聴いていたし、たまに迎えに行ったときにお友達と遊んでいるところもちらっとは見ていたんだけれど、お友達とちゃんと遊んでるところを見れてとてもうれしい気持ちになりました。
まだまだ社交性なんて身につけるべき年齢でもないのかもしれないけれど、お友達に囲まれて楽しくしている姿を見るとなんだかほっとします。このペースで周りのお友達とどんどん仲良くなっていってくれたらなぁと想うのでした。
今回の保育参観で見てる感じでは、やっぱり男の子と女の子で、遊び方が180度違います。
男の子と女の子が外遊びで仲良く遊ぶっていうのはもうちょっと先なのかな。
転職して2年。
もうかれこれ2年です。
東京から尼崎に移ってきてから。
東京の暮らしは十分に満足していました。
これは奥さんも私も同じこと。
東京で一人目が生まれ、いつだったか二人で相談したのを思い出します。
二人とも高校出てから東京で長いこと過ごしてきたからでしょう。
家族から離れて暮らし過ぎたせいもあるかもしれませんが、30歳前後、孫がいるこの時間を両親や祖父母(奥さん方はご健在)と、我々の生まれた土地で同じ時を過ごすことがとても大切に想えたのです。
長年の東京ぐらしでできた親友たちとの別れも辛いものでした。
それでも、実家に帰ってくるという決断をし、実際に転居してからもう2年。
人生長く見積もって100年だとしても4%の時間。
長くもあり短くもあり、濃くもあり薄くもあるような、そんな2年間でした。
仕事に関しては、転職活動のとき、ホントはもっと上流(戦略コンサルとかITコンサルとか)を目指したかったんだけど、離婚率が高いとか関西にそんな仕事がないとか、年齢が行き過ぎててもう無理とかそんな理由で諦めました。
最近コンサルと仕事をする機会がありますが、確かに単価ベースで考えるとギュッと詰め込み型の仕事と成果を要求される職であり、仕事以外の時間なんてないんだろうなぁと思います。
振り返るに、その職に辿りつかなかった(つけなかった)のは必然のような気もします。
とはいえ、今の仕事がそれでは天職かというと、そうではなく、うつ病になったのは仕事に対するジレンマから来るところも大きかったように思います。
2年という時間を経て、仕事に対しても人生に対しても、より深く考える機会に恵まれました。病気にかかるというのは、悪い面もあり、良い面もあります。
さて、これからどういう道を探していこうか、多少ほぐれたこのアタマを使って、少しずつゆっくりと、自分の向かうべき先を探し始めようかなと思います。
復職して9ヶ月。減薬も進んでます。
前回6ヶ月の時からさらに順調に推移してます。
今は15mgのトレドミンを2日に1錠のペースにしています。
そもそも二人目が生まれてドタバタしてたので、薬の飲み忘れが目立ってきたという状況だったのですが、主治医に相談したところ、仕事に対する捉え方も含め、コントロールが出来ているので徐々に減らしていっても問題ないという見解でした。
というわけで、このペースで行けば、復職1年ぐらいで完全に断薬できそうかなーと思っています。
もちろん無理はしませんけれど。
仕事の方ですが、まぁボチボチやっています。
慣れない英語と格闘したりプロジェクトを主体的に進めるはずの人が不在で代役に走りまわったりと、波はあったりするものの、それなりに重く受け止めないように流せる部分は軽く流しているような感じです。
もうちょっと責任まで含めてプロジェクトなど任されてくるようになってくると、キツさが復活してくるかもしれないなぁと思いつつも、今はそのような立場にもないし、お気楽に考える方向でよろしくやっております。
今月末で復職して9ヶ月。
転職してちょうど2年になろうとしています。
実質は1年3ヶ月しか働いてないわけですが、段々「理不尽」さに慣れてきたなぁ、という実感があります。
真面目にやろうとしてドン底まで落ち込んで、考え方を一から組み立てなおして、ある意味「適当」な仕事こなしの日々。
今が何曜日か忘れちゃうなんてのもザラにありますが(笑)、今を生きる、ということはそういうことなのだと、今時点での私はずいぶんと納得しています。
このまま行けるとこまでボチボチペースでやってみようかなと。
最近のよしなし事
たまにはPCからブログを書いてみます。
最近は朝の通勤電車でケータイから書くことが多いけれど、圧倒的に文字数が少ないので、言いたいことの半分くらいしか言えない感じです。
とはいえ、その半分の内容から、全体がイメージできるような書き方ができないものかなーと思ったりしてて、その辺は腕を上げていかねばと思う今日この頃であります。
いつもインプットとアウトプットのバランスが難しいなぁと思っているのですが、たまにはこうしてダラダラ書いてみるということが大切だなぁと思います。
インプットばかりではまとまった考えも出ていくことがなく、思考は自分の中でぐるぐる廻るうちに大体シュリンクして消えていきます。
なんか思いついたらメモして残しておくべきなんですが、なかなかそうはいかず。
例えば朝の通勤電車でなんか書くことあったのに、と思い出しても、その時には思い出せない、という状況が多いのです。
あのとき考えてたこと、というのはあのときに置き去りにされて、またふとしたタイミングで現れるものの、朝の通勤電車では思い出せません。
思いついた時のメモ、というのは結構大事さも分かっているのになかなかできない。
そもそも何かを表現する、というスタイルにまだまだ馴染んでいないのが大きいところかもしれませんけども、ある意味クリエイティブな仕事をする人はみんな、きっと思いつきをストックするメモ帳みたいなもんがあるんじゃなかろうか、と思ったりしました。
そんでまあ、ちょっと思い出してみましょう、書いてみたかったこと。
なんだかタイトルだけでお腹いっぱいになったので、書くのはやめましょう。
なにか感じる、というのは大体何かを目にした、耳にしたときに発生しますよね。
テレビなりラジオかもしれないし、ウェブサーフィンしてるときかもしれません。
ふわっと入ってくるインプットが、今までの経験や情報と頭の中でつながって、タイトル的なものが浮かぶのです。
とにかく、このようなちょこっと感じること、というのを日々メモし、朝の通勤電車で2,30行くらいでアウトプットしていきたいなぁ、と思うわけであります。
メモかぁ、やっぱり evernote でももう少しちゃんと使うかな。
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コトバと情報
ケータイでこうしてブログを書いていると(いつも通勤電車の中でメールから書いている)、写真やリンクもない、基本的にはただの走り書きになります。
ただ、その時の心の動きや、素直な気持ちを綴っておきたいなとは思っているわけです。
いつも読んでいる田坂広志さんのメルマガで似たような感覚のものが届いたので、転載しておきます。
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情報社会の逆説
インターネット革命、ブロードバンド革命、
ウェブ2.0革命と続く
情報革命の深化は、
我々に何を求めているのか。
そのことを考えるとき、
いま、多くの草の根の人々が
自由にメッセージを発信している姿が、
目に入ってきます。
自分の個人サイトを開設して情報発信をする人々。
ブログを使って、毎日、個人日記を公開する人々。
ネット・ラジオを使って、個人放送局を持つ人々。
コミュニティの掲示板に書評や映画評を書く人々。
それは、
誰でも手軽に、瞬時に、そして自由に、
自分のメッセージを世の中に発信できる
素晴らしい時代の到来を意味しているのでしょう。
しかし、その時代の素晴らしさの一方で、
いま、世の中には、
「メッセージの洪水」が起こり、
「玉石混交の言葉」が氾濫しています。
そして、その現象を見るとき、
我々は、そこに、
情報社会の一つの逆説が生まれてくることに
気がつきます。
この情報社会において
我々に求められるのは、
多くのメッセージを語る力ではない。
多くの言葉を語る力ではない。
「言霊」を語る力。
短くとも、
心に残る言葉、
胸を打つ言葉、
腹に響く言葉。
そうした言葉を語る力こそが
いま、求められているのでしょう。
2005年7月18日
田坂広志
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誰かのコトバを引用するときに、どこらへんまで共感しているのか、というあたりの感覚が難しいですね。
おねえちゃんのがんばりと目のクマの相関
長女は次女が生まれてから、ずいぶん眠りが浅くなってしまいました。
家族の中の赤ちゃんポジションからお姉ちゃんポジションへの移行が、頭では理解しようとしているものの、体や心がまだまだ受け入れられていないんじゃないかと思います。
というのも、昼間はとてもお姉ちゃんとしての頑張りを見せてくれます。オムツも率先してチェックしてくれるし、いつも妹への配慮があって優しく接してくれています。(その他ではイヤイヤ期真っ盛りで言う事を聞かないケースが増えてきてますけど…。)
がんばっている反動なのか、睡眠に影響が出ていて、眠りが浅くなってからは夜の寝つきが良くないのと、朝小さな物音で敏感に反応して起きてしまう、という感じで、目にクマができてしまいました。
お姉ちゃん路線でもっとおして行くべきか、もっと赤ちゃん扱いして甘えさせてやるべきか、かなり迷うところですが、少なくとも寝る前と起き抜けに関してはもっとしっかり甘えさせてあげるべきかもしれないと思いました。
寝ることに不安を覚えるのには何かしら言葉に出来ないけれど、ちいさいなりに想うところがあるんじゃないかなぁと。



くだらない独り言
当たり前のことを明快に説明してくれる本

