ばあちゃんの誕生日パーティー

ばあちゃん(私の実母)が明日68歳になるので、誕生日のお祝いをしました。
奥さんの入院もあって、日曜から助っ人として来てくれていましたので、ちょうどこのタイミングに、ということで今日は仕事帰りにサプライズでケーキを仕入れて帰りました。

From 11/12/14

長女が風邪気味だったのと、奥さんも退院したてで仕事も年内お休みいただいていることもあり、子どもたちは今日は保育園をお休みにし、ばあちゃんとママと楽しく過ごしたようです。
ばあちゃんへ「おたんじょうびおめでとう」を画用紙に書いてあげていました。
少しずつ、ひらがなも書けるようになってきているのですが、今回は気合をいれて時間をかけて取り組んだとのこと、とても上手に書けていました。
文字できちんと手紙を書く第一号だそうで、もらうばあちゃんが隣で見てくれているということでとても張り切ったのだそうです(^^)

3年前は自分が転職して関西に戻って来たばかり、仕事も猛烈でアップアップしていた状態でしたが、おととし、去年、今年とバースデー関連のイベントは結構ちゃんと開催できていて、とても子どもたちの感受性の成長という意味でも良いと感じています。

今回は、次女が1歳7ヶ月で少しずつ物事を理解し始めているということと、保育園でバースデーソングの遊びをしていることもあって、ケーキ登場の場面で面白い表情を見ることが出来ました。
サプライズで部屋を暗くして、ろうそくをともしたバースデーケーキ入場、私と奥さんと長女でバースデーソングを歌い始めると、次女は口ポカン、まばたきせず、という状態で、とても不思議な空間に、あたたかい雰囲気を肌で感じ取っているかのようでした。

あー、この表情、ビデオ撮っとけばよかったなー、というのも後の祭り。
この顔を、頭に焼き付けてしっかり覚えておきたいと思うのでした。

明日には実家に戻るばあちゃんは、とても喜んでくれて、こうした与えることによる喜びをもってして、自分自身にとっても、家族にとっても、また明日への活力が湧いてくるのだなぁと、つくづく思います。

仕事やら生活やら少しドタバタが続いてしんどい時期でしたが、とても素敵なひと時を過ごして元気をいただいたようです。いつもながら家族には感謝。

2011年 12月 14日 | Filed under 子育て, 家族

大変さの中に感謝あり

火曜日から奥さんが入院していて、子どもを中心的に見ている。
といっても、水曜日から金曜日までは、奥さんの親がサポートに来てくれており、日曜日以降もわたしの親がサポートに来てくれる。
近くに(といっても1時間以上かかるけれど)戻ってきたことのメリットでもある。
東京にいたら、こういうわけにもいかない。

水曜日に手術をするスケジュールだったので、この日は休みを取り、朝子どもたちを保育園に送ってから病院に。
難しくない手術のため、それほど心配することもない、ということだったが、手術室の前で別れてからは、やはり心配して戻ってくるまでの2時間ほど落ち着かなかった。(手術する、なんてそうそうないことだし、自分の中で必要以上におおごと扱いしてしまっている)
戻ってきた奥さんは、全身麻酔じゃなく腰椎麻酔だったから手術室の会話を色々聞いたり、手術内容について色々質問して教えてもらったりと、なんだかひとつ実験を終えてきたみたいな、余裕しゃくしゃくな感じでほっとひと息。
月曜日には退院予定ということで、順調に回復している様子。
普段の生活のバタバタでできない読書などして有意義に過ごすそうだ。なにより。

さて、子どもたちはというと、長女は4歳、次女は1歳7ヶ月。
ということで下の子はなにが起こっているのか正直よく分かってない。(そのためもあって断乳したということも含めて)
上の子は「入院する」ということもよく理解しているので、ちょっとブルー入っているときもある。とはいうものの、寝るときに寂しさがちょっと出るくらいで、基本的によくがんばっている。

ふたりの面倒を見ていて思うこと。
いつもは、なんだかんだいって、すこし遠目から、子どもたちを見ているのだなぁということがはっきり理解できた。
少し仕事が忙しかった時期もあり、その頃からきっと、そのような見方が定着してしまったのだろうと、とても反省しないといけない。

ごはんを食べさせるとか、オムツがえとか、風呂に入れるとか、遊ぶとか、断片的にはいつも面倒を見てはいるけれど、それは主体的に見ている感覚とはいえないのだと思った。

例えば、栄養のこと含め何を食べさせるかを考えて、一日のトイレの感覚が長くないか・声をかけてやらないといけないかどうかを考えて(長女の場合)、鼻水が続いてることを気にかけて、夜中におぎゃっと泣いて起きるのをあやしたり、保育園から帰ってきた後の家での遊びで何をやらせようか考えて、保育園での様子を聞くときに気にすべきことを考えて、などなど。
うまく言葉にしにくいけれど、主体的に面倒をみる、という意味ではぜんぜんこれまでの自分はできていなかったなーということを痛感。

事前に入院するということが分かってから、頭で生活のシミュレーションはしていたものの、考えるのと実際にやってみるのとは大違い。
大変なことも多いけれど、色々と気付きがあるなかで、一番良かったなと思うのは、日々周りから協力いただくことに対する感謝の念がさらに強くなった、ということ。

まず第一に奥さん、仕事で不在になる時間が一分でも多ければ多いほど、子育ての主体性はわたしから奥さんのほうに比重が移ってしまう。それを日々こなしてくれているということに感謝。
またお互いの両親にも、こういうときに喜んでサポートしてくれる、ということにこの上ない感謝。
保育園でも、今回のことでとても手厚くサポートしていただき、また子どもたちの普段との変わった様子もしっかり伝えてくれるほど、よくしていただき感謝。

子どもたちは沢山の人に愛を与えてもらって、健やかに育っていくということが、前よりも一層わかるようになった気がする。
こういう機会が今、この時期に訪れたということに感謝。

2011年 12月 10日 | Filed under 子育て, 家族

実名とIDについて考えること

今年の年明けfacebookの本を買って、今年はいよいよ広がるんだろうなーと思っていたんだけれどなかなかそうならず、もうすぐ11月も終わる今の時期にあって、ようやくちょこちょこ自分の周りも始めだしたなぁ、という感じがしています。

読んだのは「フェイスブック 若き天才の野望」という本です。

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)
フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた) デビッド・カークパトリック 小林弘人 解説

日経BP社 2011-01-13
売り上げランキング : 1335

Amazonで詳しく見る by G-Tools

究極のオープン性ってやつがあらゆる物事に対して正の方向、プラスの側面が強化されていく、っていう感じのイメージを、マークザッカーバーグ氏は持っているようです。

これに関してはあながち間違いでもないなぁと実感もしていて、仕事で名刺をもらったときにとりあえず検索かけてみると、実名でTwitterとかをやっている方も見かけます。そのとき、くだらないことを実名でtweetしてても、その人に対してどういう感覚を受けるか、というと、やっぱりマイナスではなくて、親近感を覚えるというのが、素直な実感でした。
facebookはフィードは見えないので、何に興味があるか程度しか、インターネット検索からは辿り着かないですけど、それでも、あぁこの人はこういうものに興味があるのだなーととても、人間味のある共感が出来たりして、仕事の面でも協働しやすいのではないかと思われます。

というのは、ただし、他人の話。
自分の側にくるっと置き換えて考えてみると、やっぱり今の時点で、自分のなにかしらを、インターネットの検索できる範囲に置いておく、ということは、とても躊躇します。

わたしの場合、名前がそれなりに独特で、実名でサーチするといくつか結果が出てきます。オープンなfacebookページに対して、イイネ!押したものも、検索結果に出てきたりします。それだけでもちょっとどうかな、って考えてしまうので、例えばtwitterなりこのブログなりを、実名で展開するってことは、ちょっと恥ずかしい、というのが今現時点での考え方なのです。

というのも、検索からリーチできる、というところに違和感があって、さして知らない人、に自分の頭の中身を一部であっても晒す、ということになんとなく不安を覚えるのかもしれません。

というわけで、takeyasというIDをはてなで初めて使いはじめてからいつの間にかもう7年(当時は26才)も経ってしまったのですけれど、これからもこのIDでインターネットの上には何かを書き残していくことになるだろうなーと今は考えています。
(昔で言うところのハンドルネームかな?そういえばハンドルネームという名前を最近聞かないですね、昔はあまりよいイメージなかったけれど)

こうしてID takeyasとして書いてるブログやtwitterその他諸々というのは、一応気が変わって(例えば独立して、とか)全部実名に変えていってもいいかな、と思っても恥ずかしくない程度に、内容はその時々、雑なときもあるけれど作っているつもりではあります。

facebookについては、実名で登録しているものの、インターネットでの検索とかはできないようにクローズドな感じで使っています。前にtakeyasというIDでも作ってみたけれど、やっぱりfacebookの規約からして外れているものをそのまま使うというのもおかしいと思い、始めから登録してた実名のもののみを残しました。

インターネットには実名で乗り込んでいく、というのが世間一般の風潮になってくるのも、そう遠い話しではないような気もします。
実際、もっと若い世代は、すでに当たり前、になっているかもしれないですし、いまどきの新入社員とかは検索したら普通に実名でなんか書いてるのかもしれないですね。(年寄りばっかりで新人がいない職場なのでよくわかりませんが)

当たり前、にならないと重い腰が動かない、って感じの自分がちょっと年食ってしまった堅物のようで、若干悲しい気持ちもありますが、今しばらく(?)ID takeyasとしてインターネットの世界では宜しくお願いいたします。

2011年 11月 24日 | Filed under もろもろ, インターネット
タグ: ,

次女、断乳、発熱、言葉

From In My Life

次女が1歳6ヶ月にして、断乳をしました。
長女の時は1歳9ヶ月でこんな感じでしたが、次女についても同じように言葉がはっきり理解できるようになってきたので、まず言い聞かせです。(もうあかちゃんは卒業と)

次女は長女にもましてかなりのおっぱい星人だったので、今回はいっそのこと顔を書きましょう、と奥さんと決めました。桶谷に以前からお世話になっていましたので、そこでやり方や注意すべきポイントなどは聞いていました。

いざ実行、となり実際に最後のおっぱいを保育園から帰った夕方に飲ませてから、夜風呂に入り、寝る時間です。
いつもならおっぱいを飲みながら眠りに付くのが当たり前の次女、ここで顔の登場!

・・・猛烈に泣きました。
とても怖かったようです。少しかわいそうだねと奥さんと話しました。
インパクトが強すぎたせいか、言葉で「おっぱい!」と要求することは全くなくなりました。
ただ、やっぱり眠れないので、ストローつきのマグにお茶を入れ、口寂しいのをカバーしています。ちょうど2週間ほど経った今でも、ちょっと夜中目を覚まして泣いては、お茶を飲んで落ち着くのだそう。(私は夜は爆睡しちゃうので気付かず)

顔のインパクトは本当に強烈だったようで、その後1週間ほどはしばらく私が早く帰るようにして、風呂に入れました。奥さんが風呂場に近づくと、くっついていた次女はあわてて逃げ出しました。やっぱり顔を書いたのはちょっとかわいそうだったかな、と思いつつも比較的スムーズにやめられたことを思うと、これでよかったのだろう、と感じています。

三日前からそんな感じで色々疲れも出ていたのかもしれません。38度後半くらいまで発熱して、二日間寝込みました。(といっても子どもは動き回りますが)
長女が小さいとき、風邪ひくとよく後々まで引きずっていたので、今回も長いかもなーと思っていたところ、あっという間に二日で完治。今日は保育園に行ってきた、というのでびっくりです。

ついでに次女の近況ですが、言葉の理解は進んでいるものの、言葉を発するほうは長女の時よりはスローペース。長女がしゃべりすぎだった感もありますが、ようやく次女も単語をよくしゃべるようになってきました。

断乳の少し前あたりには、「ねえちゃん!」と言えるようになり、長女はとても照れてうれしそうにしていたのが印象的でした^^
姉妹力アップで、パパとしてもまた娘たちへの溺愛レベルアップです^^;

後、このところしゃべれる言葉を記録。
「ぺぺ」「あーむ」食べるの意
「にゅうにゅう」飲むの意
「~がいい」欲しいの意、これだけ組み合わせて二語文が使えます
 例:ぺぺがいい、にゅうにゅうがいい
 (~がいい、というのはねえちゃんの真似)
「アンパンマン」
「アーピンマン」ばいきんまんの意
「ママ」
「パパ」
「ねえちゃん」
「ばあちゃん」
「じいちゃん」
「せんせー」(保育園の先生がとても喜んでくれたとか)
よくしゃべる長女に対し、少し発言は控えめです。

この調子ですくすくと健康に育ちますように。

2011年 11月 16日 | Filed under 子育て

アフィリエイトについて

このブログを初めてから2年半ほどになるんですが、当初からAmazonのリンクをちょくちょく貼ってたり、最近は貼ってないですけども、アフィリエイト実際のとこどうなんでしょ、ってことで始めたころから試してました。

で、Amazonのアフィリエイトの仕組みとしては、1500円で支払いがされる、という仕組みになってまして、これってギフト券という形で贈られるんですねー。2年半前のことはあんまり覚えてないですけれど、今はそうです。

で、2年半の結果、なんですけども、その1500円にようやく到達致しまして、記念すべき最初の支払い(ギフト券)をゲットしました!
なんかうれしいです、ハイ。

日常品から家電、たまに本まで(本はどちらかというと本屋で買うことの方がまだ多い)Amazonのお世話になることがかなーり多くなってきた今日この頃、ギフト券は結構うれしいもの。ちょっとリンクを貼る回数を増やしてみようかなと思うくらいです。

ちなみにせっかくなので、今、使ってみようと思います、ギフト券。
購入するのは、前から目を付けていた「あふれるまで愛をそそぐ6歳まで​の子育て―子どもの心にひびく愛​ひびかない愛」
どこから見つけたかも忘れてしまったけれど、勢いで買うことは大事!
こんなに評価高い本、Amazonで見たの初めてかも。

あふれるまで愛をそそぐ6歳までの子育て―子どもの心にひびく愛ひびかない愛
あふれるまで愛をそそぐ6歳までの子育て―子どもの心にひびく愛ひびかない愛 本吉 圓子

カンゼン 2006-07-01
売り上げランキング : 222

Amazonで詳しく見る by G-Tools

ちなみに、同じようにGoogle AdSenseも登録してますが(記事の上に出てきてるやつとかです、フィード(RSS)リーダーでご覧の方は下の方に出てくるやつです)、こっちは月額200円くらいのペースでちょろちょろっと溜まってきており、今3000円ちょいくらいまで来ています。収益の確定方法とかはまだよくわかんないです。銀行口座の登録みたいなメニューがあるので、きっとギフト券てな感じじゃなくて、直接振込なんでしょうね。

額がちょろりなのでまだまだたいしたことはないですが、それなりの収入になる場合には、年末調整とか確定申告とか面倒なんでしょうかね。これから何でもかんでもインターネットで買う層がもっともっと増えてくると、このちょろちょろの流れも変わって行きそうだなーと思います。本腰入れてやろう、ってな気持ちにはなりませんが、私の場合。

今のペースでのんびり続けてみたいと思っています。

2011年 11月 2日 | Filed under インターネット
タグ:

「タイムライン」あれこれ

前にf8の動画をちらりと眺めてたら「facebookのタイムライン」というやつの紹介がされていた。(9:30あたりから説明、分かりやすい紹介ビデオは30:00から

「タイムライン」、というとツイッターに馴染みのある身としては、『フォローしている人のツイート(シェア)のフロー』という意味合いを受け取るし、Google+ではそのことを「ストリーム」と表現している。

で、当のfacebookはそのことをなんと呼んでいるかというと、「ニュースフィード」である。

ここで合えて「タイムライン」という言葉をぶつけてきた当たりが、ユーザーシェアダントツのfacebookならではの戦略のように感じる。動画をちらりとみた限り、どちらかというと「my story」「my history」「my chronicle」って感じがあってるような。実際にマークザッカーバーグのプレゼンに出てくるスライドには

timeline
the story of your life

とある。

ちなみに久しぶりにPCでmixiを覗いてみたところ、インターフェースが変わっていて「スタンダード」「タイムライン」の2本のニュースフィード的、ストリーム的な情報の表示設定が選べるようになっている。
「タイムライン」はつぶやき、写真、チェック、日記など全ての情報がフローとしてごちゃまぜに並んでいるのに対し、「スタンダード」はそれらの情報が区分けされて情報を表示する、レガシーな表示方法となっている。

というわけでまとめると

twitter = タイムライン
facebook = ニュースフィード
Google+ = ストリーム
mixi = スタンダード or タイムライン
tumblr = ダッシュボード

とバラバラなわけで、統一してほしい。

facebookの「タイムライン」
Express who you are
とあるけれど、今はまだイメージがわかないな。
子どもが大きくなったときに、パパはこんな感じで育ってきたよ、を示すにはいいツールかもしれないけれど。

2011年 10月 27日 | Filed under インターネット

ひいおじいちゃんご逝去

娘たちのひいおじいちゃん(私の義祖父)が体育の日に亡くなりました。享年83歳でした。
亡くなる1週間前に、83歳の誕生日を迎えたところでした。
昨年同様に、今年も家族でお誕生日会をしました。
今年のお誕生日会は、ガンの進行によりもう病院から出られないひいおじいちゃんの病室で、と思っていたら同じフロアにある小さなホールを貸して頂くことが出来ました。(緩和ケア、終末医療をやっている病院だけに、貸していただけるようなホールの設備も整っており、とてもやさしい看護士さんたちでした)

From In My Life

ひいおじいちゃんは、もうほとんど食べられない状態になっていたので、ケーキは周りの家族でいただき、プリンを少し食べました。大好きな阪神のクッションやタオルをみんなからプレゼント。

きっと嬉しかったのだと思います、とても元気な顔を見せてくれましたが、少し経つとかなりしんどそうな顔つきに変わり、お誕生会も皆でケーキを食べたあたりでお開きにし、病室へ戻りました。

思えばお見舞いに行くたび、しんどい表情をほとんど見せず、孫とひ孫にいつも笑顔を見せてくれていました。今思えば、しんどく辛い日もあったことと思います。

お誕生日会の翌週、ひ孫たちは運動会でした。今度のお見舞いは運動会のビデオを見せようと奥さんと話しをしていました。そのビデオを見ることはかなわず、運動会のあった翌未明、静かに息を引き取りました。
運動会の日、容態が急変し、孫である奥さんは、運動会が終わった後すぐに病院に駆けつけ、最後の会話を交わすことができました。
最後は奥さんの母親(義母)が看取りましたが、苦しそうになっていた呼吸がふと止まった、ということでした。奥さん含む、孫たちと最後に話しをした後、モルヒネで眠りにつき、そのまま未明に帰らぬ人となりました。

ひいおじいちゃんは、とても孫とひ孫への愛にあふれた人でした。奥さんはおじいちゃんとおばあちゃんに育てられた、とよく言っていました、自他共に認めるおじいちゃんっ子でした。(初孫の奥さんが生まれるまではいつも遊び歩いていたのに、奥さんが生まれてからはずっと家にいるようになったそう)結婚してからは、私にもとても優しく接してくれました。それこそまるで孫が一人増えたかのように接してくれました。うつ病で苦しんでいたときも、とても優しい言葉をかけてくれました。もちろん、ひ孫である長女と次女にも、いつもとても優しくしてくれました。足が悪いときも、重たくなった長女や次女を抱っこしてくれました。子どものように、まだ幼い長女と次女にいじわるを言ってからかっているのがおかしくてたまりませんでした。うちの両親、奥さんの両親、祖父母に会うときには、本当に東京から戻ってくる決断をして良かったと、よく思いました。長女と次女にとって、無償の愛を与えてくれる人が近くに沢山いる、ということがとても自分にとっても支えになりました。この度も沢山ひいおじいちゃんのお見舞いに行くことができ、ひ孫の元気な顔を沢山見せることができました。

お通夜とお葬式では泣きました。うつ病にかかってからは寛解した今でも、とても涙もろいということもありますが、涙がこぼれ落ちるのを防ぐことはできませんでした。奥さんはそれこそ泣きじゃくっていました。イマイチ人の死についてよくわからない、まだ幼い長女は、私の真似をして、一緒に奥さんの背中をさすっていました。以前に喪失の悲しみがあったのは、私の小学校3年生の頃(父方の祖母)だったので、本当に身近な人を喪失する悲しみというのは、なんともいえないものでした。

お葬式には、東京・京都・大阪・地元から、子どもが2人、孫が5人、ひ孫が3人集まりました。(ひいおじいちゃんの兄弟やひいおばあちゃんの兄弟関係も含めるともっともっと沢山の人が集まりました。)これだけひいおじいちゃんと同じ血が通っている子孫たちが集まったお葬式という会合には、とても不思議なものを感じました。遺言には、直接目にはしていませんが、「みんな仲良く暮らすように」と書いてあるとひいおばあちゃん伝いで聞きました。とてもひいおじいちゃんらしいな、と感じています。

浄土宗式のお葬式の後は、四十九日まで家族や親族の善行(お経を上げ、お線香を上げ、成仏を祈る)が必要と、式でお経を上げてくださったお坊さんが教えてくださいました。しばらくの間は、毎週奥さんの実家に帰って、お線香を上げ、お祈りする予定です。面白く優しいひいおじいちゃん、仏様になるときっとみんなを見守ってくれるのでしょう。

ひいおじいちゃんへの感謝の言葉は、言い尽くせないほどにありますが、一部は折鶴に書いて、棺の中に入れました。

今まで本当に有難うございました。
どうぞ、安らかにお眠りください。 合掌

2011年 10月 17日 | Filed under 家族