コトバと情報

ケータイでこうしてブログを書いていると(いつも通勤電車の中でメールから書いている)、写真やリンクもない、基本的にはただの走り書きになります。

ただ、その時の心の動きや、素直な気持ちを綴っておきたいなとは思っているわけです。

いつも読んでいる田坂広志さんのメルマガで似たような感覚のものが届いたので、転載しておきます。

——-

情報社会の逆説

インターネット革命、ブロードバンド革命、
ウェブ2.0革命と続く
情報革命の深化は、
我々に何を求めているのか。

そのことを考えるとき、
いま、多くの草の根の人々が
自由にメッセージを発信している姿が、
目に入ってきます。

自分の個人サイトを開設して情報発信をする人々。
ブログを使って、毎日、個人日記を公開する人々。
ネット・ラジオを使って、個人放送局を持つ人々。
コミュニティの掲示板に書評や映画評を書く人々。

それは、
誰でも手軽に、瞬時に、そして自由に、
自分のメッセージを世の中に発信できる
素晴らしい時代の到来を意味しているのでしょう。

しかし、その時代の素晴らしさの一方で、
いま、世の中には、
「メッセージの洪水」が起こり、
「玉石混交の言葉」が氾濫しています。

そして、その現象を見るとき、
我々は、そこに、
情報社会の一つの逆説が生まれてくることに
気がつきます。

この情報社会において
我々に求められるのは、
多くのメッセージを語る力ではない。
多くの言葉を語る力ではない。

「言霊」を語る力。

短くとも、
心に残る言葉、
胸を打つ言葉、
腹に響く言葉。

そうした言葉を語る力こそが
いま、求められているのでしょう。

2005年7月18日
田坂広志

——-

誰かのコトバを引用するときに、どこらへんまで共感しているのか、というあたりの感覚が難しいですね。

おねえちゃんのがんばりと目のクマの相関

長女は次女が生まれてから、ずいぶん眠りが浅くなってしまいました。

家族の中の赤ちゃんポジションからお姉ちゃんポジションへの移行が、頭では理解しようとしているものの、体や心がまだまだ受け入れられていないんじゃないかと思います。

というのも、昼間はとてもお姉ちゃんとしての頑張りを見せてくれます。オムツも率先してチェックしてくれるし、いつも妹への配慮があって優しく接してくれています。(その他ではイヤイヤ期真っ盛りで言う事を聞かないケースが増えてきてますけど…。)

がんばっている反動なのか、睡眠に影響が出ていて、眠りが浅くなってからは夜の寝つきが良くないのと、朝小さな物音で敏感に反応して起きてしまう、という感じで、目にクマができてしまいました。

お姉ちゃん路線でもっとおして行くべきか、もっと赤ちゃん扱いして甘えさせてやるべきか、かなり迷うところですが、少なくとも寝る前と起き抜けに関してはもっとしっかり甘えさせてあげるべきかもしれないと思いました。

寝ることに不安を覚えるのには何かしら言葉に出来ないけれど、ちいさいなりに想うところがあるんじゃないかなぁと。

写真のはなし

長女が生まれたときから、なんとなく毎日写真を撮るようになって、気付けばもう6万枚を超えました。

去年、外付けのハードディスク(500GBが2つをミラーリングして一つ壊れてもよくなってるやつ)を買ってきて写真を保存してました。

ふと、奥さんが「地震とかあったら泣くなぁ、あんまりプリントアウトしてないし」と言ったのをきっかけに、オンラインストレージで保存しといたほうがいいかも、と思いました。

国内のサービスとかもいくつか調べたところ、結構維持費がかかる、ということがわかりました。

そこで、オンラインストレージのほうに保存するものは一枚のサイズを落として(1600×1200)アップロードしとけばいいなぁと思いました。

今Picasaを使って実家の両親達に写真を送っているのでそのまま容量をアップグレードしました。20GBで年間5ドルと安いのでお得です。

そんなわけで、最近はうちに帰ったらちょびちょび6万枚の写真達をオンラインストレージのほうにアップロードしています。

I-O DATA RAID 0・1対応 USB 2.0/1.1 ハードディスク 500GB RHD2-U500 I-O DATA RAID 0・1対応 USB 2.0/1.1 ハードディスク 500GB RHD2-U500

アイ・オー・データ 2006-12-20
売り上げランキング : 90343

Amazonで詳しく見る by G-Tools

ただいまと無意識

うちに帰って家族が迎えてくれる、というときの情景がふと思い浮かびました。

今読んでる本の中で今の中にいると心の動きが活発である、という話が出てきます(禅とか神道とか仏教とかの話)
過去の出来事を思考(意識)して未来を考えるような、予定・計画にとらわれ過ぎることなく、変化のある、今、を無意識に流れるように楽しむ、みたいな趣旨だと思います。

仏教だとかいうジャンルに関わらず、こういう心の有り様に関する表現によく遭遇するようになりました。
自分で引き寄せているような気もしますが、こうよく目にするというのは自分の人生に対するなんらかのメッセージのようにも感じます。

仕事だけじゃなく、家庭や生活の中でも大変なことはたくさんあります。

ただ、ふと思いついたのは、我が家という場のドアを開けて、家族の姿を見つけ、ただいま、と言っているその瞬間、まさしくただ今の中にいて、心穏やかな状態なのかもしれないなぁとふと思いました。
そこには過去も未来もなく、今だけがあるような。

しあわせる力 角川SSC新書 禅的幸福論
しあわせる力 角川SSC新書 禅的幸福論 玄侑 宗久

角川SSコミュニケーションズ 2010-01-10
売り上げランキング : 142888

おすすめ平均 star
starバイキングと七福神
star息苦しい今を生きるには・・・
star「幸」ってそうだったの?!

Amazonで詳しく見る by G-Tools

いいかげん、が、良い加減

最近、仕事の負荷が少しずつ上がってきています。

なかなか気持ちのコントロールが難しく、仕事が終わるとぐったりすることが多いような気がします。

一つの要因は元々の役割を超えたところまで任されてしまっている、というこてがあります。
本来上位の役割を果たすべき人が他の業務で手一杯になり、肩代わりを私がやる、という、よくよく考えたらどこにでもありがちな図式です。

その人の役割を完璧にこなそうとする(ある意味その人よりきちんとこなそうとする)という、深みにハマるパターンにならないように、気をつけていかないとなぁと反省しています。

とはいえ、仕事の中で周りのいいかげんさに、怒りばかりが沸々とわいてくることが多いので、もっといいかげんを許容する心(自分にも周りにも)を持てるようにしたいと思う今日この頃でした。

今月の通院で、負荷が増える中でも、自分や周りを含めたコントロールがある程度できるようになったことから、さらに減薬を進めています(二日に一度に)。

負荷が増える中でも、この状態をキープ、さらにぐったり感を改善させる方向にもっていけるよう、いいかげん、にいきたいなぁと思います。

もやもや

関西も梅雨に入ったそうです。
じめじめしてモワッとした季節が始まりました。

最近良くないことと、良いことが立て続けにやってくるような気がします。

悪いことは記録や記憶をしてしまうと縛られてしまうようで書き連ねる気もありませんが、良いことはもっと記録や記憶をして、清々しい気持ちを増幅させていかないとなぁと反省します。

大きな変化の中にいると、気をもむことが増えて疲れがちです。

いずれ平穏が訪れたときにぐっと疲れを吹っ飛ばせるような、良い出来事を残していきたいなぁと思うのでした。

云うは易く、行うは難し、ですけれど。

久々にケータイから

二人目が生まれて、家で両手フリーの状態でパソコンの前に座ることが少なくなったのでブログもあんまり書いてません。(大体パソコンの前にゆっくり座るのは赤ちゃんを抱っこしながら)

片手で入力する効率性を考えたらもっとケータイ使うのがいいんだろうなぁ、というわけで、文章の練習と、新しいケータイの文字入力の練習も兼ねてしばらくケータイからブログを書いてみようと思います。

不定期かつすぐやめるかもしれないけど。

いつも朝の通勤は二回乗り換えがあって、三つの電車に乗るけれど、最後の電車以外は座れないので、この書くという時間に充てようかと。

今までは立ってるときはmixiやツイッターなどのTLばかり眺めてたけど、アウトプットもしていきたいなぁという気になってきました。

さて初回はこんな感じで立ち車中がおしまい。
慣れてくればもうちょい書けそうです。

ブログのコメント欄をDISQUSというのに変えました。

うまく動いてるかはよくわかんないけど。

DISQUSというサイトに登録し、このブログで使っているWordpressのプラグインを入れました。

後は簡単。プラグインの設定画面からまずインストールして、その後で過去分のいただいたコメントを設定画面から簡単にDISQUSシステムのほうにエクスポート。

ipod touch(iphone)からみるとうまく表示できてないとか、ケータイからみると元のWordpressのコメント欄っぽいとかあるけれど、とりあえず動いてるみたいなので、今後はこれで行きます。

宜しくお願いします。
(一度コメントくれたことのある方はキャッシュがクリアされちゃうのですがごめんなさい…。)

ちなみにきっかけは、最近いろんなところでこれを使ってるブログを見かけるようになってきたのと、書いてくれた人がメールでその記事のコメントを追えるというのが便利そうだな〜と思ったこと、後は他のブログに対してコメントあんまり書いたことがないなぁと思ったことなど(DISQUSシステムを使ってるブログへ書いたコメントは、管理できるようになるのです)。

Bloggerでもできるっぽいので今度そっちにも入れてみようと思ってます。

ここらで手や気を抜かないとね。

自戒を込めてメモ。

もうちょっとたてば復職しては6ヶ月。
少し仕事がバタバタしつつある。シンガポール人のわかりにくい英語と格闘したり、大きめの役割を与えられ、各部のコントロールに頭を悩ませたり。

現体制に対し、もっときちんと役割・責任を果たした仕事をすべきだ、という心の主張が強くなっている。周りのファジーなやり方に「雑すぎる」と怒りを覚えてしまう。ついつい議論中にイライラをぶつけそうになっている。それを我慢して頭に歪みを覚える。

往々にして自分の中で完璧主義者的な発想が見え隠れする。そんなことがこの少人数で出来るはずのないことも知っているにも関わらず。これをコントロールできない限り、自分の寛解はないのかもしれない。

今読んでいる「日本辺境論」で、武道的な「天下無敵」の意味、というパートが出てきた。
老いや病や痛みを「私」の外部にあって「私」を攻撃するもの、と捉えてしまうとベスト・コンディションの「私」が敵のせいで崩れている、という発想となり、いずれ敵だらけになってしまう、という。
しかし、「天下無敵」とは敵をそもそも作らないこと、老いや病や痛みを受け入れ、それが「私」であることを認識し、敵無しと発想することにある。

周りのことをもっとよしとして受け入れる。
その中でできること、やれることに集中する。
個と全体という二重生命的な感覚を忘れてはならない。

手を抜く、気を抜く、が悪い言葉のように見える、それ自体が凝り固まった発想なのだろう。

イライラが減りますように。

自戒を込めて。

日本辺境論 (新潮新書)
日本辺境論 (新潮新書)
おすすめ平均
stars日本人についての「もやもや」を正当化してくれるような一冊
stars目端の利いた著作
stars良い意味で軽い
stars今まで不思議に思っていたことが・・
stars著者も編集者もゆるゆる状態である。

Amazonで詳しく見る by G-Tools