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とっても久々にブログ

前にブログ書いてからもう半年ちょっと経ちました。
2012年は週に一回のペースでアウトプットしていこうと宣言までしていたのに情けない話です。。。
有言実行というのは、やっぱり難しいですね。言い出したら自分もちゃんとやるだろうと思ってのことだったんですけど、なかなかそうはうまく行きませんでした。あんまり数量的な目標は立てない方がいいなぁーと思った次第です。

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あっという間に半年

とっても久々にブログ。
iPadから書いてみることにします。

今年は毎週ペースでブログを書くつもりだったのに、4月に異動で仕事が変わってからというものなんだか色々とバタバタしてたら気づけば今で、随分とここも放置することになってしまいました。
半年も経てばたくさん出来事があって、ほんとは色々と書きたいことがあるけれど、とりあえず備忘録のために半年間であった出来事を記録しておくことにします。

  • 4月 異動で仕事ががらっと変更。次女2歳!
  • 5月 仕事の変化が原因で、久々に心調が若干不調に。長女コマなし自転車をマスター!GW終盤より、突如奥さん体調不良で一時動けない状況に。
  • 6月 34歳になる。
  • 7月 奥さん再度体調不良で入院。母親に頻繁にヘルプにきてもらっていたことがきっかけとなり父親と大げんか。
  • 8月 奥さん退院。次女トイレトレーニング成功!長女5歳!
  • 9月 月末で社会に出てちょうど10年に。
  • 奥さんの病気をきっかけに、毎日子供たちを朝夕保育園に送り迎えすることになりました。夏場は特に、2人自転車に載せて大量の保育園の荷物を持っての移動は大変で、これまで仕事にかまけて生活の負担を随分と押しつけてしまっていたんだなぁと痛感しました。8月からは実家のヘルプも全く頼れない状態になり、今思えば毎日気が張り詰めていたような。今では奥さんも以前に比べるとずいぶん回復して、だんだんまた送り迎えをしてもらうことも増えつつあります。とはいえ引き続きあまり負担をかけないようにしなければと思ってます。沢山の病院に通っていますが、あるときぱっと完治する、というような病気なのかもよくわからない状況なので、のんびり構えることが大事です。

    仕事のほうもあんまりうまいこと軌道に乗らず、役割や能力についてとってもモヤモヤすることの多い日々ですが、一日一日前向いて一歩ずつ歩みは遅くとも進んでいかなきゃと想い過ごす今日この頃です。昨日より今日、今日より明日は少しずつでも良くなっていくことを信じて。

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    一年後の世界

    震災から一年が経ちました。
    直接的、間接的に被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。

    一年経って、何かを書けるだろうか、と思ったけれど、とても何かうまく表現できる気がしません。
    とはいえ、何かを書いてみることで、そこでは表現できない何ものかが文脈からにじみ出るような感じで、どこかの誰かに伝わればいいなとも思います。

    一年前のそのとき、わたしは大阪で仕事(会議)をしていました。
    ゆっくりでしたが、とても大きな揺れがあり、久しぶりに体感する地震でずいぶん感覚が鈍ってしまっていました。
    会議室から出ることもなく、揺れが落ちついた後、すぐに会議を続けました。

    思えば高校1年生だった阪神大震災のとき、明石で震度7の揺れを経験し、その後も余震の続く毎日を過ごしていたのですが、時間の経過とともに自分の中の危機感も薄れていってしまっている、ということをとても痛感します。
    時間が経つ、ということは、危機感が薄れていく、ということでもあります。
    これは人間の本能的なものでもあろうかと思いますので、意識的な振り返りが必要です。

    今一年が経過して、一年後は今のような状況になっているだろうと、想像している人はいたのでしょうか。
    原発事故に始まった電力の問題、放射能の問題、地域の復興の問題、仮設住宅の問題、解決までにほど遠い問題が山積みになっているように感じます。

    そんな中、震災後、自らの仕事についても考えることが多くなっていました。
    今の仕事をしっかりとやる、ということで、日本の落ち込んだ経済を再び回るための一助になるべき、という想いを持ってこの一年やってはきましたが、やはり自分がやるべきこと、とは少し違うような気持ちもどこかで持ったままです。
    自分が経済的にしっかりし、寄付をすることで被災地の復興にも協力する、という考え方と、自分の生き方について照らし合わせてみたときに、自分の中でしっくりくるような気がするときもあれば、しっくりこないときもあるのです。結論は出ないものの、このまま今の仕事を続けていくことでよいのか、たまに悩みます。

    こういう悩み自体、きっと現地を見ていない、ということも関係しているように、自分の中で思うところがあります。

    これから何年か経って、子どもたちが物心ついて、理解が出来る年頃になったときに、直接子どもたちを連れて現地に行きたいと思っています。
    小学校の修学旅行で、広島に行きました。原爆の被害に遭われた方の口から直接、当時の状況をこと細かに聴きました。そのときのストーリーや内容というのは、今も完全に忘れてしまって自分の頭には残っていませんが、別のものが自分の頭には残っています。その話をしてくれたおばあちゃんの「意識」そのものが自分の頭の中に残っているように思うのです。これは、言葉で語ることはできませんが、とてもとても自分の中で大事なことなんだろうと、そんな風に感じています。源体験、のように自らが体験したわけではないけれど、そこに少し近い何ものかを受け取った、ということなのかもしれません。

    阪神大震災でも、5年や10年は復興の最中でした。
    原発事故のことを考えると、復旧すらままならない状況で、復興を遂げるというのは世代を超えた取り組みになるのだと思います。
    自分の中で今すぐでないにしろ、もっとより人生の一部に、自分に近いものとした動きや行動をしていきたいなと、一年経った今感じています。

    週末、テレビでたくさんの映像が流れていました。
    映像の力は本当に大きなものだと思います。

    家族、親類、友達を亡くされた方、言葉で伝わらないものが、映像を通して、表情を通してとてもダイレクトに、心に響いてきます。
    数えきれぬほどの方が、このような想いをもたれた、ということは、本当に言葉にできません。

    私の経験した病気も似たようなところがあるかもしれませんが、実際にその場にいて体験をした、ということと、映像を通して疑似体験した、ということは、天と地ほどに違いがあって、よく「風化」と言いますけど、そのスピードも桁が違うと思います。
    ですので、まず自らを「風化」させずにいるための策について、しっかりと考えていきたいと思います。

    テレビなど映像からプッシュされてくるもの、だけでは不十分です。
    自らがプルし続けることで、自らの意識を持続し続けることができるものと思います。

    書いてみて、予想通りまとまりはないものの、引き続き、震災により向き合って生きていきたいと想いを強くしました。

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    形而上学について少し調べてみた

    最近Facebook経由で教えてもらった本を読んでます。
    その中で、「形而上学」という言葉が出てきて、その昔何度か調べたことがあったものの、きれいさっぱり頭の中から抜け落ちていってしまっているので、ちょっと調べてみました。

    Wikipediaの「形而上学」に色々書いてありました。
    たしか「けいしじょうがく」って読むんじゃなかったかなーと思っていたら、正しくは「けいじじょうがく」とのこと。
    どうやら、哲学の一つの領域で(伝統的領域の一つ)、アリストテレスからスタートし、古代〜中世〜近世〜現代、と続いているみたい。

    とはいえ、

    形而上学を定義することの困難の一部は、何世紀も前にアリストテレスの編者に根源的に形而上学的と考えられなかった問題が、次々に形而上学に加えられてきたことにある。また、何世紀にも渡って形而上学的と考えられていた問題が、概して現在、宗教哲学、心の哲学、知覚の哲学、言語哲学、科学哲学といった、その独特の分離した副次的主題へと追いやられている点にある。

    とあるように、学問としての明確な定義があるわけでもなく、ぼんやりしていて、すぐ忘れてしまうのはそういうわけだったのかと。

    言葉の由来ですが

    形而上学の「形而上」とは元来、『易経』繋辞上伝にある「形而上者謂之道 形而下者謂之器」という記述の用語であったが、明治時代に井上哲次郎がmetaphysicsの訳語として使用し広まった。中国ではもとmetaphysicsの訳語に翻訳家の厳復による「玄学」を当てることが主流であったが、日本から逆輸入される形で「形而上学」が用いられるようになった。

    だそうです。
    他にも「形而下学」なんてものもあったりと、へぇ〜、でした。
    哲学についてちょっとちゃんと勉強してみようかと思う今日この頃。
    そういえば、昔奥さんが買ってた孫子の本があったような。
    始めるとしたらあの辺りからスタートですかな。

    ちなみに今読んでるのは、この本です。

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    つれづれ

    一週間に一度書く、というルールを今年は決めたのです。
    というわけで、今年7本目のブログです。

    まーったく書きたいこともなく、ノープランなので、今回は適当に思いつくままに書いてみることにします。

    まず、生活の話。
    奥さんと長女がインフルエンザに罹り、回復してから、今度は次女がおなかの風邪にやられています。
    おなかの風邪といえば、ノロかロタかわかりませんが、去年のクリスマスの時期に家族全滅し、未だに冷蔵庫にクリスマス呑むはずだったシャンパンが入っています。そのとき全員で苦しみながらおかゆ三昧の日々を過ごしましたが、今回の次女の症状も近い感じです。
    次女は前回も吐いたような記憶がありますが、今回も豪快に吐きました。その後2日間ほど、水のように腹を下し、ちょっと便が出なくなったな、と思ったら、今朝、再度吐きました。心配で病院に連れて行きましたが、たいしたことはないとのこと。その後今日一日でまた少し回復してきています。
    熱だと38度くらいでも余裕で元気いっぱいの次女ですが、おなかの風邪だととてもつらそうで、見ていてとてもかわいそう。
    早く良くなるといいな。
    クリスマスからノロだのインフルエンザだの、なんだか病気に襲われっぱなしの我が家。はやく皆が元気な状態になりたいものです。

    続いて、仕事の話。
    今のプロジェクトをやるようになって1年半くらい。
    はじめはコンサルに引っ張ってもらっていたところ、契約期間終了につき、去年の10月くらいからは、実務としては、わたしがリーダー。
    チームメンバーに色々自立して動いてほしいところではあるものの、なかなかそううまくは行かず、どちらかと言えば指示に基づいた動きしかしてくれない日々が続きました。マネジメントの難しさというものをとても痛感し、どのようにコミュニケーションすれば自発的に動けるチームになるのだろうかと、今でも模索する日々です。「あうん」の呼吸というやつが、あって当たり前、と思ってしまう自分にも問題があると思い、コミュニケーションの量を増やしてみるものの、なかなかうまくいかなかったりと、メンバーの特性をつかむところから、とても勉強させてもらっています。
    思えば若い人が減っていき、高齢化の波がますます押し寄せるこの社会で、リーダー役をする、というのは、基本自分より年上の人たちに対してリーダーシップを発揮する、ということがスタンダードになりつつある(もしくは既になっている)ということなのだと思います。わたしのいるところも、高齢化が進んでいて、わたしがほぼ下から数えた方が良いくらいの若手。もちろんやりにくい、と感じることも多々ありますけれど、そういう役割を与えてもらっているということは光栄なことでもありますので、やはりやるべきこと、についてはズバリ言うように心がけています。とはいえ、目上の方に対する尊敬の心というのは常に忘れないようにしているつもりではあります。上司がモーレツなので、ついついそのようなテイストを自分も無意識に含んでしまっていることもありますが、後で振り返って反省するのです。もっと「真摯」にならねばならぬ、と。
    「真摯」というのはドラッカーの言葉で、これがマネジャーには重要な要素であるということですが、奥深いのでいつかちゃんと勉強しようと思っています。今のところ思ってるだけですが・・・。
    理想のマネジャーというのがいればいいんですが、今のところ歴代の上司からは、残念ながら思い浮かびません。佐々木常夫さんみたいなやり方が理想とは思うものの、実践が難しいという悩みもあります。

    そんなこんなで、ドタバタと日々過ごしています、なんだか充実しているようにも思えます。
    生活面では、今年はスポーツをやりたい!というのがありますが、まだちょっと状況として難しい気がしています。
    仕事面では、いろんな勉強をさせてもらえているので、不満はないはずなのですが、環境を変えたいなー、という思いは持っています。というのも同じ職場での仕事が長くなってきているのと、いつまで経ってもあまり職場の雰囲気が良くないからかもしれません。

    つらつらと書いてみましたが、やっぱりまとまりないですね。
    何か書くときは、テーマくらい決めた方が良さそうです・・・。
    ではまた来週。

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    花粉症の季節到来

    今年も嫌な季節がやってきましたね。
    春になるのは嬉しいことなのですが、こればっかりはどうにも苦しみが先に頭に浮かんでしまいます。

    去年の花粉症の状況をまとめています。
    さっき読み返してみたら、やっぱり、「風邪と花粉症の併発」これに苦しんだみたいです。(去年のことなのにそれほど覚えてない・・・^^;)

    というのも、週末の土日、と鼻水に溺れるほどのズルズルっぷりで、花粉症の時期はこれがずっと続くのか・・・と一時考えてしまったほどなのです。結果は、月曜日には鼻が通るようになり、助かった、と思った次第です。(月・火と雨できているので、そのせいもあるのだとしたら、また晴れだしたら注意かな、といまだ恐れてもいますが。。。)
    つまり、この週末は「風邪と花粉症の併発」というやつにドはまりしてた、というのが今の自分の結論。花粉症の時期がスタートしたばっかりなのに、これでは思いやられます。とにかく、もう花粉症の時期に風邪を引きたくない!のでいろいろ注意しようと思います。

    自分の中の花粉症、というやつに、面と向かって意識を向けたのは、2010年。検査をしてもらって、ダニ・ホコリ・スギの反応が陽性だった、というところからです。それまでは、なんだか季節の変わり目に咳が出ることが多くて、百日咳かなんかなのかなぁとずっと考えて生きてきました。一度か二度か、病院でも見てもらったこともあり、それでも結局原因不明。のどが腫れていて、アデノイド?とか言われて、これといった治療もなく、終了、という感じが何年も続いてました。
    その後関西に戻ってきてから、検査して、アレルギーということが発覚して、気をつけだして、今に至ります。原因不明の謎の咳、と向き合う必要がなくなって、ほっとするやら、花粉症リミッターが外れてしまっている事実にがっかりするやら。思いは複雑でしたが、事実は受け入れるしかありませんからね。花粉症とも末永く、付き合っていこうと思うわけであります。

    今年は去年ほどは、花粉の量は飛ばない、ということだそうで、ちょっと楽観視してはいるものの、なめちゃあいけませんよね。しっかりと、マスクする、抗アレルギーの薬を継続的に飲む、風邪をひかない、色々と十分注意して、この季節を過ごしたいと思います。

    あ、全然話し変わりますが、奥さんが立ち上げた新しいブログのほうで、技術よりの話を書くことにしました。とりあえず、先ずは技術的なバックグラウンドのわかる自己紹介を書いています。
    こちらも宜しくお願いします。( 宣伝でした :-) )

    今のこのブログは、これまで通り、書きたいように、書きたいことを、誰か向けでもあるようで、誰向けでもない、そんな風に綴っていきたいと思います。

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    もろもろ 家族

    百か日法要を終えて

    先週末、昨年秋に亡くなった義理のお祖父さんの百か日法要が執り行われました。
    忌日法要については、お通夜、お葬式、初七日、二七日、三七日、四七日、五七日、六七日、七七日(四十九日、満中陰)、全て法要に参加し、今回の百か日を迎えました。

    片道1時間ちょっとという距離とはいえ、まだまだ小さい子供たちを連れて法要に参加するというのもなかなか大変なことではありましたが、生前とても可愛がってもらったひ孫たちを連れていくことが、お祖父さんの供養にもなるのではないかと思い、家族で頑張って週末は実家に通いました。

    法事でお坊さんがお経を唱えている間、お経自体は聞いても理解出来ないので、いろんなことを考えました。生前のお祖父さんのこと、親族というコミュニティについて、死について、ご先祖様について。そんな中、長女は退屈ながらも賢く正座してじっとすることができており(保育園がお寺なので、日々練習している)、次女はお坊さんの叩く木魚が気になるようで、たまに脱走して木魚を奪いに行ったところを、親族の誰かに確保される、というような感じでした^^;

    悲しみや寂しい感情、というのは日が過ぎていくとともに少しずつ薄れていくものです。喜怒哀楽といった感情が少しずつ執着がとれていく仕組みになっていることが、人間が生きるために必要なことであるようにも感じます。ただそういった中でも、しっかりと目に焼き付いている光景があり、生前のお祖父さんのひ孫をいじめるいたずらっぽい声や、笑顔、亡くなり棺の中でもう話すことのできなくなり目をつぶっている顔、泣きながら別れを告げる家族の顔、今でもありありと思い出すことができます。

    百か日法要の際、お坊さんが教えてくれたことは次のようなことでした。

    生きとし生けるものは、全て下層から「土」「水」「火」「風」「空」の要素のもとに始めて存在することができており、この条件の中で、代々ご先祖様から始まり、亡くなった方、これから生まれ来る赤子など、たくさんのいのちがこの世に過ごすことができているのであり、そのような事に思いを巡らすことで、少しでも諍いの少ない世の中にしていけるのではないでしょうか。

    人が亡くなる、という経験は辛いものであり、あまりしたくないものです。
    しかし、避けられるものではありません。
    ですので、その経験の中で、どのような思いを巡らし、何を感じることができるのか、ということがとても大切なのだと思います。
    次女にはまだ早いものの、4歳の長女にとっては、とても大切な経験であってほしい、と想うのでした。

    お祖父さんは、百か日法要の後、お墓に納骨されました。
    少し小高い丘の、とても素敵な場所です。
    藤棚があるお寺さんで、きっと藤が咲く頃にはとても綺麗な景色になるのでしょう。
    また、時どきに足を運び、ひ孫たちの成長を見せてあげたいと思います。

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    1週間に1度のアウトプット

    去年は10日に1回くらいブログを書こうと年始あたりに目標を決めました。
    結果としては42本のなにかしらを書いたということで、一応達成です。

    元旦に今年の目標を立てましたが、ブログについては定量的な目標を立てておこうと思います。
    今年は、1週間に1度書く、というスタンスでやっていきます。
    10日に1度くらいでやってみて、仕事が多忙だったりすると厳しかったりすることもありますが、書けるときはもっと書けそうな感じでした。
    ということで、今年はもう少しタイトにしてみて、1年52週、52個以上のなにかしらを、ここに記していこうと思います。
    1週間のリズム、または習慣化する、というのが結構重要のように最近感じるからです。
    ただ、何曜日に書く、というのは決めずに、その辺は自由にしようと思います。
    1週間のなかの流れの緩急は、その時々によって変わるはずなので。

    ここで書いているくらいの、頭の中にあることを少し長い文章としてアウトプットする、ということについての考え方が変化しています。
    ここで書き始めてからは3月で3年になろうとしていますけれど、特にテーマも決めず、自由に書いているために、変化が生まれやすいようです。
    どんな風に変化するかというと、例えば読み手の観点では、読んでいる人がどんな感じなのだろうか、ということをイメージしながら書くこともあれば、将来の自分の読み返し(つまり自分が読み手)をイメージして書くこともあります。
    他には書く内容という観点では、子育てならこうあるべき、ということを書きたいこともありますし、こんな悩みを持ちながらも色々前に進んでいくんだなぁ、というようなことを共有したく書くこともあります。

    その時々の自分の体調のリズムであったり、精神性のリズムであったり、そういうものが書いたものにはとてもよく現れているように感じます。
    振り返って自分で読む、ということも考えると、長過ぎず短すぎずの今くらいの文章ボリュームが自分にはあっているような気がします。
    全般的に、思います、感じます、気がします、が多いのが今の自分の特徴でもあります。
    断定することであまり責任を負いたくないような気持ちが出ているのかもしれません。

    書いているときも、自分の感情や固定観念がよく見えますが、振り返って読み返すときもよりそういうものが見えることがあります。
    人生の中を進んでいく日々に、とてもたくさんのインプットが降り注いできます。
    突き抜けていくものもあれば、自分の中に留まるものもある、そういう中から外へ出ていくもの、というのは文章にしてみれば自分にとっていとおしいものであることが多いのでしょう。
    書く、ということが、こんなにも大切なことなのか、というのが最近想うこと。

    いつ、どこで、なにを、どんなふうに、書くのか。
    モノカキではないので、自分のスタイルとして完成することはないのでしょうけれど、引き続きここでは思いつくままに、その時々の自分の中から出てくる何かを記していきたいと想うのでした。

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    実名とIDについて考えること

    今年の年明けfacebookの本を買って、今年はいよいよ広がるんだろうなーと思っていたんだけれどなかなかそうならず、もうすぐ11月も終わる今の時期にあって、ようやくちょこちょこ自分の周りも始めだしたなぁ、という感じがしています。

    読んだのは「フェイスブック 若き天才の野望」という本です。

    フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)
    フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた) デビッド・カークパトリック 小林弘人 解説

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    究極のオープン性ってやつがあらゆる物事に対して正の方向、プラスの側面が強化されていく、っていう感じのイメージを、マークザッカーバーグ氏は持っているようです。

    これに関してはあながち間違いでもないなぁと実感もしていて、仕事で名刺をもらったときにとりあえず検索かけてみると、実名でTwitterとかをやっている方も見かけます。そのとき、くだらないことを実名でtweetしてても、その人に対してどういう感覚を受けるか、というと、やっぱりマイナスではなくて、親近感を覚えるというのが、素直な実感でした。
    facebookはフィードは見えないので、何に興味があるか程度しか、インターネット検索からは辿り着かないですけど、それでも、あぁこの人はこういうものに興味があるのだなーととても、人間味のある共感が出来たりして、仕事の面でも協働しやすいのではないかと思われます。

    というのは、ただし、他人の話。
    自分の側にくるっと置き換えて考えてみると、やっぱり今の時点で、自分のなにかしらを、インターネットの検索できる範囲に置いておく、ということは、とても躊躇します。

    わたしの場合、名前がそれなりに独特で、実名でサーチするといくつか結果が出てきます。オープンなfacebookページに対して、イイネ!押したものも、検索結果に出てきたりします。それだけでもちょっとどうかな、って考えてしまうので、例えばtwitterなりこのブログなりを、実名で展開するってことは、ちょっと恥ずかしい、というのが今現時点での考え方なのです。

    というのも、検索からリーチできる、というところに違和感があって、さして知らない人、に自分の頭の中身を一部であっても晒す、ということになんとなく不安を覚えるのかもしれません。

    というわけで、takeyasというIDをはてなで初めて使いはじめてからいつの間にかもう7年(当時は26才)も経ってしまったのですけれど、これからもこのIDでインターネットの上には何かを書き残していくことになるだろうなーと今は考えています。
    (昔で言うところのハンドルネームかな?そういえばハンドルネームという名前を最近聞かないですね、昔はあまりよいイメージなかったけれど)

    こうしてID takeyasとして書いてるブログやtwitterその他諸々というのは、一応気が変わって(例えば独立して、とか)全部実名に変えていってもいいかな、と思っても恥ずかしくない程度に、内容はその時々、雑なときもあるけれど作っているつもりではあります。

    facebookについては、実名で登録しているものの、インターネットでの検索とかはできないようにクローズドな感じで使っています。前にtakeyasというIDでも作ってみたけれど、やっぱりfacebookの規約からして外れているものをそのまま使うというのもおかしいと思い、始めから登録してた実名のもののみを残しました。

    インターネットには実名で乗り込んでいく、というのが世間一般の風潮になってくるのも、そう遠い話しではないような気もします。
    実際、もっと若い世代は、すでに当たり前、になっているかもしれないですし、いまどきの新入社員とかは検索したら普通に実名でなんか書いてるのかもしれないですね。(年寄りばっかりで新人がいない職場なのでよくわかりませんが)

    当たり前、にならないと重い腰が動かない、って感じの自分がちょっと年食ってしまった堅物のようで、若干悲しい気持ちもありますが、今しばらく(?)ID takeyasとしてインターネットの世界では宜しくお願いいたします。

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    Shareについて考える

    Wired.jpのサイトにネットの新動向6つのキーワード、という記事があってその中で「Share」というキーワードが含まれてました。
    個人的にTwitterを始めてから大体三年くらい。ふと思い立って、Status Sharing Policyというものを言葉に表してみて、Twitterのプロフィールに短縮リンクを入れてから大体一年くらい。
    Google+という新たなShare系のサービスも出てきたので、ちょっと考えてみました。

    一年前自分が書いたものを振り返ってみるに、まずは

    • 一度書いたものは更新しない(笑)

    というのがよくわかりました・・・。
    それから、Shareという考え方を綴っているようでありながらToolについても色々と書いているので

    • ウェブサービスのトレンドはやっぱり時代の流れで変わる

    というのがたった一年経っただけですがよくわかります。
    ということはGoogle+についてここでなんか書いたところで、また振り返ってみるとまったく違う状況になってるかもしれません。(とはいえ、TwitterよりGoogle+のほうが明らかにコミュニケーションが促進される、という感覚が理由は明確にできないものの、なんとなくありますけど)

    今日会社から帰り道にぼけーっと考えたことは

    • どのToolがあーだこーだの議論はいつまで経っても盛り上がってる
    • ShareというのはShareしている人の「人格(Shareされる側のイメージ)」形成に関連する
    • Shareされる側にどのような人がいるのかを大体の人はイメージできない
      (多分PCなりモバイルの向こう側の人が分かりにくい。分かりやすいのはFacebookかmixiだけど)
    • 自分の脳みその中でちゃんと解釈できない情報をShareしてしまいがち
      (比較的気をつけていそうな人でも、そういう状況に陥っているようなパターンをみかける)
    • イイネをちゃんと押せる人が、コミュニケーション領域を拡大できる
      (話しかけビリティと話しかけられビリティをアップする手前の入り口)
    • 考えていることや素朴なつぶやきもプライバシー情報である
    • そのToolが創り出す「場」に誰がいるのか、がとても重要
      (サービス登録してる、じゃなくて、今そのとき、誰がTLを見ているのか)

    みたいなこと。
    まとまりがなくなってきたので、この辺で。

    スマートフォン生活を2週間過ごして(Xperia acro : Android)ちょっとウェブへのShare環境が整ってきたのもあるので、またどこかで絡んでください。(今のところGoogle+が一番文字入力などやりやすいので興味のあるかたはサークルに追加してください