次女、保育園に入園

この4月から、次女が保育園に入園しました。
もうじき1歳になります。あっという間です。

日に日にできることが増えていくのですが、長女のときとは異なり、どんなことができるようになっていくか、ということが頭の中に入っているものですから、この一年というのは、驚き、というよりも、記憶の呼び返しによる、微笑み、といった感じが多かったように思います。

長女が1歳までに教えてくれたこと、次女が1歳までに教えてくれていること、大小さまざまありますけれど、共通するのは、生きる力がみなぎっている、ということです。
全力で泣いて、やりたいことに夢中、ごきげんなときは大笑い。

3歳の長女は、自我をある程度コントロールしなければならない局面が出てきたりと、また別の成長はありますが、そもそもの生きる力というやつは、やりたいことに夢中なとき、いやなことにおお泣きしているときにとてもはっきり見えるものだと思います。

ああ、こんな風に生きたいなぁと思うことが最近多々あります。

常に頭の片隅に何かがある状態では、なにをやるにでも集中が続かないですよね。
目の前に夢中、そういうのにとてもあこがれる今日この頃です。
きっとそういうとき、はたからみるとキラキラと輝いて見えることでしょう。

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2011年 4月 18日 | Filed under 子育て, 家族

桜前線のように

ここらへん(尼崎)では、今日がほぼ満開でした。

少してっぺんがつぼみの木もあったものの大体は咲いていて、うちの前の桜並木もとても奇麗でした。
朝早いうちは少し曇っていたものの、昼前に長女と散歩に出かけたときは、だいぶ太陽の光も出てきて、穏やかな一日になりました。

とても穏やかな一日でした。

震災以来、遠く離れたこの地でも、「自粛」や「不謹慎」という言葉が踊るように、心から何かを楽しんだり、笑ったり、そういうことが難しくなっているように思います。
桜の花に美しさを感じ、穏やかな感情を抱く、そのことをとても大切なことのように感じます。

首相と文科相から「子どもたちへのメッセージ」が4月6日に出されました。
とても暖かいメッセージだと思いました。
政府やその他、批判が踊るインターネットやメディアにあって、このような暖かいニュースも大きく広げていただければと切に願います。

日本(にほん)の国土(こくど)は縦(たて)に細長(ほそなが)いために、沖縄(おきなわ)では例年(れいねん)1月(がつ)上旬(じょうじゅん)に開花(かいか)宣言(せんげん)が行(おこな)われ、その桜(さくら)前線(ぜんせん)は、約(やく)半年(はんとし)をかけて、5月(がつ)の下旬(げじゅん)に北海道(ほっかいどう)の北端(ほくたん)に到(とう)達(たつ)します。自然(しぜん)がおりなす、素晴(すば)らしい命(いのち)のリレーです。

 自然(しぜん)は、今回(こんかい)の地震(じしん)や津波(つなみ)のように、時(とき)に、私(わたし)たちに厳(きび)しい試練(しれん)を与(あた)えます。しかし桜(さくら)前線(ぜんせん)のように、私(わたし)たちをやさしく包(つつ)んでくれるのも、また自然(しぜん)の力(ちから)です。

ところで、さくらですが、関西に来てから気付いたのが、雀のいたずらです。
さくらは花びらが舞うイメージですが、最近は竹とんぼのように、桜の花そのものがクルクル回りながら落ちてきます。
良く見ていると、雀がいたずらをしているよう。

ニュース記事を見ると、どうやら花の蜜を吸っているようですね。
この時期に虫などの他のえさが乏しいということも原因にあるようですが。

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そういえば、前に住んでいた駒込はソメイヨシノの発祥の地で、さくらには深い想い入れがあります。
今日は子どもたちと二回散歩に出かけて、ぼんやり桜並木を眺めながら、たくさん元気をもらったような気がします。
たくさんの人に、この美しい桜が元気を与えてくれますように。

桜前線についてですが、経済のほうでの盛り上げについても西から東へと包み込んで行けるよう、西の一員として努力して行かねばならないと思います。

まとまりがないですが、このへんで。

2011年 4月 9日 | Filed under もろもろ, 時事
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年度の終わり

久々にiPodからブログを書きます。
今日で2010年度も終わり。
今年度は一年通してちゃんと働くことができたということに先ず感謝。

大震災のこともありますが、日常を不自由なく送れるということに、このような有難さを感じることができる、ということ自体が、とても素晴らしいことのように想います。

場の研究所の清水博さんが、この震災における何かの役に立てば、と寄稿されている文章には、「持つために在る」から「在るために持つ」とタイトルがつけられています。

http://www.banokenkyujo.org/?p=1691

私は心の病に倒れているとき、いつもこの清水さんの勉強会の音声を聴きながら、まさに癒やされていたのですが、この文章にもあるとおり、いのちの力というものは、とても強く、創出力があったからこそ、回復に至ることができたと感じています。この創出力は、家族という場における創出意欲を支える働きがあったことはいうまでもありません。

個の話と同じではないことはもちろん分かっていますが、被災地の復興においても、このような創出意欲の必要性を清水さんの文章から強く感じました。

長い期間に渡る支援が必要になることは明らかですので、私も継続して被災地の支援となることを考え続けることで、自らの風化させないよう心がけたいと想います。

2011年 3月 31日 | Filed under もろもろ

このブログを始めて2年になりました。

ここでブログを始めてからちょうど2年になりました。

地震がおきて2週間が経過しましたが、今でもふと時間があると地震、津波のことを考えます。
関西では、東京のように電気節約モードでもなく、コンビニでも電気がついてるし、エスカレーターやエレベーターも止まっていません。逆に街がそのように日常の動き方をしているため、東京のように街が機能停止するような事態に陥っておらず、街ですれ違う人々もそれほど沈んだ顔をしていないようです。

前回書いたもののなかで、直接的に、間接的に被災、と書きましたが、このあたりが今でも腹に落ちていなくて、言葉で説明しようとしてもなかなか説明できないものです。

言葉で説明することが必ずしも正しいことでもないと思います。
海外メディアが撮っている写真の数々を見たり、テレビが繰り返し放送している津波の映像を見たり、生き延びた人の文章を読んだり、市や町の長の声明を見たり聞いたり、様々な情報から様々な思いや感情が起こってきます。

自分の人生の中では、今までで一番大きな災害であり、かつ一番情報があふれている災害でもあります。
必要な情報を必要な時に、必要な人に与えていくことも、個人のブログを書く人たちが考えることとしてはとても大切なこと。

このブログでも、いつ、何を、どんな人向けに、伝えていくかということを考えてやっていきたいと思います。

ちなみに今日はじいちゃん(実父)の73歳の誕生日。
長く生きて欲しいものです。

2011年 3月 26日 | Filed under ごあいさつ
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こころだいじに

このたびの震災で直接的、間接的関わらず大きな被害を受けられた方に、心よりお見舞い申し上げます。

被災する、という意味においては、直接的に被災された方はもちろんのこと、間接的にも多大な影響を受けた中で苦しみの渦中におられる方もいらっしゃると思います。

私は大多数の国民の皆様と同じように、何か出来ないものかと思いつつも、なかなか直接的に役に立てるようなことがなく、日々もどかしく過ごしているところであります。ツイッターでは少しでもフォロワーのみなさんにとって(短期的にも長期的にも)よいであろうと思う情報が流れてくればRTなどし、情報共有するように心がけてはおりますが、結局のところ直接的な被災者には、通信手段が途絶えている以上、必要な情報は届かないのが現状でもあると思っています。通信環境の耐災害能力というのは、とてつもなく重要なものであると、今回つくづく感じました。

高校の頃、住んでいた隣の街、神戸市を中心として阪神淡路大震災がありました。我が家も被災し、大きな揺れだったものの、何とか当日中には電気も復旧し、夜にはテレビも映りました。そのとき映像から流れてきたもののショックの大きさは、今でも頭に焼き付いています。翌日には水道も復旧し、その後長期にわたり水や電気なしに苦しんだ地域と比べれば、被災したとは言え、比較してたいしたものではありませんでした。

今も報道では、毎日すさまじい光景がテレビに映し出され、その意図ではないのでしょうが、原発の行方も含めて不安を煽られる状況にあります。当時高校生だった自分は、「なぜ自分が生き残って、犠牲になった人たちがこんなにもいるのだろうか、せめて自分が代わりとなれたなら、身代わりに生き残れる人もいるだろうに」という気持ちをよく抱いていたのを思い出します。

今は募金なり、物資を送るなりということを現実的に考え、実施することも出来ますし、高校生当時の頃のようにほんとうに全く何も出来ないと思い悩むことはありませんが、やはりそれでもこのような状況下においては、無力感というのは誰にも襲ってくるであろうと思います。

うつ病になった経験も振り返ってみて、ちゃんと折々にこころを開放してあげる、ということが、苦しみの渦中にあっては最も重要なことのように思います。とにかくこころが望むこと(遊ぶことでも、食べることでも、酒を飲むことでも)をかなえてあげることで、また一段とあたまが働くようになり、建設的、希望を現実に変えうるプランなども生み出されていくのだと思います。

被災者においては、その一人一人の話をしっかりと聴いてあげて、その人のニーズに合った対応をしてあげる、ということが最も求められることである、ということを聞きました。これもその人のこころが望むこと、をかなえてあげることで、またその人のいのちが輝けるように救済することが出来るのだと感じます。

人を助けることを、みなあたまで望んでいると思います。
そんな中であっても、人は人間である以上、こころが望んでいることも満たしてあげないと、あたまで望んでいることだけを理論的に突き詰めていくというのは、負担がとても大きなものになってしまうので注意が必要だと思います。

特に現地で毎日限界までがんばっている、被災者、支援者、東電の方、公務員の方、自衛隊の方など全ての人に、こころを大事に一日一日を過ごしていただきたく、祈る毎日です。

2011年 3月 19日 | Filed under もろもろ, 時事
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特別ルールでの回避によるバランシング

1月にブログを書くことに関して自分ルールを定めたんですけれど、さっそく破ってしまいました。
具体的には、

その1: 月に3回(以上)書く。
その2: 一桁の日には必ず書く。
その3: 十何日の日には必ず書く。
その4: 二十何日の日には必ず書く。

ということで、3月に入ってその2を早速破ってしまったというわけです。
自律という意味ではルールを破ってしまったので反省しなきゃならないのだけれど、あんまりまじめに考え込むのもどうかなーというところもあって、特別ルールを追加することにしました。

特別ルール: 2~4のルールを破った場合、当月内はその1を4回(以上)書くと変更する。

これって、ブログに対する考え方を明確にして(さらには開示して)アウトプットをしっかり出していこうとする意図なんですけれど、アウトプットや成果を出すと言う意味では、仕事にせよ他の何かにせよ(子育てなんかもそうかも)結構共通して言えることなんじゃないかなと思いました。

人は何かアウトプットを出そうとした場合に、期限を決めたり条件を付けたりと、ルールを決めますね。そのルールに対して、きちんと守れない状況に陥ったとき、逃げ場がないと逆に(開き直るかは別として)その後の継続をあきらめてしまうことが往々にしてあるように思います。
そんなとき、柔軟にバランスを取っていくために、気持ちや心を和らげてあげるのは効果的なんではと。
和らげると言っても、前言撤回、というのは意図に反するところが出てくるので、追加ルール(もしくは罰則ともいえる)を設けることで、より元々のルールを守り、継続し力を付けていくことのフォローになるのではないでしょうか。

という長々とした言い訳とともに、この新たなルールをもって、今月は4回以上(あと3回以上)書きたいと思います。
(ザッカーバーグに関する本とか、陰山英男先生の本とか、そういうものを読んでいるので、アウトプットしたいことは結構あるんですけど、まとまって書くという時間を避けないようなバタバタした日常を送っています)

2011年 3月 11日 | Filed under もろもろ
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久々に東京へ

友達の結婚式があり、先週末東京へ行ってきました。
式と披露宴のほうは自分だけでしたが、せっかくなので夕方からの二次会には、奥さん子供も連れて行くことに。

土曜日、次女は初めての新幹線。
二人席に四人で座る、というのは思ったより大変でした。。。
長女にはノートパソコンでトトロを見てもらっておとなしくしててもらいました。

式と披露宴、二次会ととても楽しい時間をすごし、やっぱり結婚はいいもんだなーとしみじみ。
どうしても披露宴だと、新婦の親の心境になってしまい、友達からのメッセージや親への手紙の紹介など涙をこらえるのが必死の状況に^^;

二次会では変わらない仲間たちと素敵な時間を過ごすことができました。
離れているからこそ、たまに会えるときにはその楽しさが深みを帯びているような、そんな時間でした^^

二次会が終わって、家族で義弟のうちにご厄介に。
ほっと一息もつかの間、風呂に入ろうと思ったら、次女が変な咳き込み方をして(クループのような)気になるため、奥さんに病院に連れて行ってもらうことに。
その間、長女を風呂に入れ、寝かしつけ。病院がめちゃめちゃ混んでいたらしく、帰ってきたのは12時過ぎでした。次女はひとまず肺炎ではないということで、薬をもらって様子見。

翌日の日曜、次女の様子を見ながら、咳き込み方はだいぶましになったので、近所の散策に。長女が生まれたときに住んでいた家や、生まれた病院が近かったので、見せてあげようと散歩してきました。
また、東京に居たとき、よく児童館でお世話になった同い年の子を持つご家族にも会うことができ、楽しくいろいろと話をすることもできました。

月曜日、次女の様子もさらに前日より良化傾向にあったので、もともと企画してた横浜のアンパンマンミュージアムにも足を運ぶことにしました。長女は1年半ぶりくらいで2度目。前に来たときのことはそれほど覚えてはいなかったようだけど、テンション上がりまくりではしゃぎまわっていました。

帰りはそのまま新横浜から新幹線。
直前で指定席を取ろうとしたら、二人席はもう空いてないとのことで、アウチと思いながらも、三人席に座ってみると、一つの席は結局誰も座らずで、だいぶ楽することができました、といいながらも子連れでの新幹線移動はやっぱり疲れますね。
長女は帰りはアンパンマンのDVDを二往復、昼寝もせず疲れきってたはずなのによく寝ずにDVD見れるなーとあきれるばかり。

ドタバタの東京旅行でかなり疲れてしまったのか、次女、自分、娘(この木曜からまた)は風邪っぴきです、未だに・・・。

旅行のスケジュールはだいぶ余裕を持たないとだめだなーと反省しました。
いろいろやりたいことがありすぎて、絞り込むのも大変ですが。

2011年 2月 27日 | Filed under 旅情編
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