復職して6ヶ月経過。現在減薬中。

2009年10月に復職したので、6ヶ月経過したことになります。

おかげさまで、ずい分と順調に経過しているようで、減薬にも乗り出しています。

先々月あたり、医者との相談の中で、「そのうちに薬を減らしてみましょう」という話が出たため、先月通院した際に思い切って聞いてみました。(医者側から話を出さないのは、あえてそうしているのかな、と思いました。自ら減らしたいと言うような状況でないと、減らしていくのがリスキーなのかもしれません)

私のケースも、若干の不安が残ってはいるものの、まぁなんとかなるかな、と思えるまで回復したからこそ減らしてみたいと、言葉に出して言える状況でもありますので、それはそれで判断としてはよい方向を向いているように感じます。

先々月その話がでるまでは、今飲んでる薬が最小量だと思っていたんですが、それも主治医の気遣いだったと今思えば感謝せねばなりません。
というわけで、先月半ばから薬の量を減らしています。今まで飲んでいたトレドミンは25mgのやつを一日一錠でしたが、15mgのやつが一日一錠に減りました。

主治医曰く、減薬の段階ではイライラやめまいなどが出る可能性がある、ということでしたが、今のところまぁなんとか乗り切っている感じです。

最近はずい分と「自分が病気である」という認識が、少し自分の身体から離れた位置で捉えられるようになったように感じます。こういう感覚がきっと「病気とつきあう」という感覚なんだろうなぁと考えることが多くなりました。

ずい分と頑固で凝り固まった考え方だったのも、少しずつ和らいできているような気がします。
すぐ忘れる、という点はなかなか良くならないものの、まぁいいやの精神をキープしてます。

これから本格的に寛解に向かっていくというフェーズの中で、うつが治るということは、元に戻ることではない、ということを常に自分に言い聞かせる必要があります。うつ病になるまでの30年間で培ってきた固定観念をじわりじわりと溶かしていって、思考のクセについて破壊的創造を果たしたいと切に願っていきたいと思っています。

これまでの道のり

ここらで手や気を抜かないとね。

自戒を込めてメモ。

もうちょっとたてば復職しては6ヶ月。
少し仕事がバタバタしつつある。シンガポール人のわかりにくい英語と格闘したり、大きめの役割を与えられ、各部のコントロールに頭を悩ませたり。

現体制に対し、もっときちんと役割・責任を果たした仕事をすべきだ、という心の主張が強くなっている。周りのファジーなやり方に「雑すぎる」と怒りを覚えてしまう。ついつい議論中にイライラをぶつけそうになっている。それを我慢して頭に歪みを覚える。

往々にして自分の中で完璧主義者的な発想が見え隠れする。そんなことがこの少人数で出来るはずのないことも知っているにも関わらず。これをコントロールできない限り、自分の寛解はないのかもしれない。

今読んでいる「日本辺境論」で、武道的な「天下無敵」の意味、というパートが出てきた。
老いや病や痛みを「私」の外部にあって「私」を攻撃するもの、と捉えてしまうとベスト・コンディションの「私」が敵のせいで崩れている、という発想となり、いずれ敵だらけになってしまう、という。
しかし、「天下無敵」とは敵をそもそも作らないこと、老いや病や痛みを受け入れ、それが「私」であることを認識し、敵無しと発想することにある。

周りのことをもっとよしとして受け入れる。
その中でできること、やれることに集中する。
個と全体という二重生命的な感覚を忘れてはならない。

手を抜く、気を抜く、が悪い言葉のように見える、それ自体が凝り固まった発想なのだろう。

イライラが減りますように。

自戒を込めて。

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今日の雑記

今日もつれづれと書いてみる。

頭で考えてることを書き出すと、後で推敲しないとまとまりがなくなる、というのが昨日書いてみてわかったこと。

とは言え、時間の短縮にはいい感じなので、同じスタイルで書いてみようかと思う。

最近の出来事。

ここのところ、通勤時間のうち10分弱を読書に当てている。

乗り継ぎが何度もあるので、座れる時間がそれだけ、ということなんだけれど。

前に読んでいたのが、うつ病の脳科学、という本。

臨床で進歩してきた精神科の医学に関しても、検体を使った研究ができないのでなかなか行き詰まっているということ。

そこで、筆者が提唱しているのが、脳バンク。

脳を切り取って実験に使うことができれば、脳のどの機能が病因となっているかがわかるという。

現状の社会的な背景なども考えると、脳を研究のために提供するということは難しいそうだ。

それは、自殺で得た脳を研究のために利用するということが難しいことが大きいとのこと。

過去に病気になって、その後回復し天寿を全うしたような脳の状況であったとしても、今後の精神医療の進歩につながるのであれば、個人的にはぜひ協力したいと思うところではある。
それは、このような苦しみを味わうということが正しいことではないように、今でも感じるからかもしれない。
他の人には味わって欲しくはない。

視点を変えれば、こういう経験で得たものがあり、成長ができたのかもしれない、ということを差し置いても、このような病気には「なるべきでない」と思うからなのだろう。

これからどういうステップを踏んで、脳バンクというものが実際に始まるのかはわからないが、人類の中で苦しみがひとつでも減っていくというのであればそれは喜ばしいことであり、その時には是非提供の意思表示をしたいと思う。

とはいえ、今臓器提供のなにかをしているか、というとそうではない。

自分がたまたま病気にかかったから、脳バンクには賛成だが、臓器提供には関心を示さない、というのもおかしな話だ。

もう少しいろいろと考える必要があるな、もういい大人なのだから。

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久々に落ち込み

先週末くらいから久々に落ち込みの状態がありました。
復職して4ヶ月半、突発で休んだことはあんまりなかったですけど、昨日は年休入れました。

ここのところ子育て系の話で書きたいことも結構あるんだけれど(音楽の絵本に行ったとか、年明けからトイレの星取表をはじめたとか、時間の概念が出てきたとかいろいろ)、まとまったものを書き上げるエネルギーがどうも夜に残ってません。
逆に抑うつの状態のときは夜に向けて少し気分が上がってるという変な状態。

というわけで、2月に入ってまったく書いてなかったブログを久々に今日は更新します。

抑うつ状態になると、自分の場合は孫悟空のわっかの位置がじわーっと「ぎしぎし」した感覚になります。
これは普通のいわゆる頭痛というほど痛いわけでもないけれど、脳が悲鳴を上げてるような感覚です。
久々にこれがちょっと出張ってきてしまったので、週末からぐったりモードというわけでした。

こういうときは大体思考のループに入っています。
抜けられそうで、抜けられない。
うつ病は気分障害の一種だけれど、気分をコントロールする機能が壊れている状況だから、まあ抜けられないのは仕方ないかもしれません。
抜け方はわかってるんですけどね、「まぁいいや」と気持ちをぶった切るのです(笑)
わかっていることとコントロールできるということがリンクしないからこれまた厄介です。

そういえば、ずっと沈みこんでいた去年の今頃、森山直太朗の「生きてることが辛いなら」を何度となく聴きました。
タイトルがえげつないので、奥さんの前では聴けませんでしたけど ipod touch で聴いてました。
いざ抑うつ状態にあって、これを聴いてどういう感覚なのか、言葉では説明できないけれどなにかしら力をもらえた気がします、私の場合は。

久々に今日の通勤でふと聴いてみて、ちょっと泣きそうになりましたね。
あの頃に比べれば、雲泥の差で良くなっています。
少しだけ頑張れるくらいに。

うつ病から一年経って思うこと

ちょうど一年前、成人式の次の日でした。
午前三時頃に目覚め、布団の中で全身汗をかきながら震えていました。

もう、自分が自分ではない状態なのは、重々わかっていたような気がします。
あの時、もはや職場にいても何もできない自分は、完全に意味のない、価値のない存在であると思い込んでいました。
毎朝聴く日経をポッドキャストに入れて、聴きながら通勤していましたが、いつの頃からか iPod も聴かなくなっていました。
通勤電車の中では、1ページも進むことなく、業務知識の習得のための本が開かれていました。

何かをやろうとしても、一歩も前に進まない状態だったのです。
周りが気づいて止めようにも、半年しか一緒に過ごしていない同僚には何気なく振舞う私の内面は捉えられなかったことでしょう。
ここまでひどくなるまでに至ったことについて、上司含めてまったく周りを恨んだことはありません。
むしろ、この人達の役に立てない状況に対して、常に自分を追い込んでいました。

今思えば、半年で10年選手たちと肩を並べようなんてのがおこがましい考えだったわけですが、結局のところ無理をしたのです。
その一言に尽きるのです。

転職し半年、上手くいかない日々、この仕事は合わないのではないか、と何度も何度も考えました。
嫌いな仕事を続けていること、さらにその上時間を極限まで削られて子どもの世話もできないということが、心を蝕んでいるのだとずっと思っていました。
一度考え始めた思考は脳裏に焼き付き、どんどんエスカレートしていったように思います。
元々がプラス思考で生きてきたのに、環境の変化を甘く見すぎていたのです。
一度マイナスのスパイラルに陥ってしまうと、もはやそこから抜け出すことは出来ませんでした。

このようにして、徐々に心が壊れていったのです。
そして崩れるときには、がらっと大きく崩れました。

最初の一週間のことを、今でもよく覚えています。
上司の前で泣きまくって、申し訳ない、もう働けないと訴えました。
診断書を出してもらってからは、感情がなくなりました。
義母や義妹、実母がわざわざ来てくれているのに、微笑むことすら出来ませんでした。
洗濯物を一枚たたむのに、10分も20分もかかりました。
まさに、心がはたらかない、そんな状況でした。

3ヶ月経って
6ヶ月経って

いろんなことを考えました。

今、一年が経って、まだ道半ばですがずいぶんと心は軽くなってきています。

これは、仕事を休ませてもらったから、家族がいてくれたから、そのことが本当に大きいのです。

少しずつ、少しずつ。
一年しか経っていない、まだまだ落ち着いてゆっくり仕事に慣れなければならない。

このように考えられるようになったことが、この一年の進歩です。
今までの私の性格ではこんなにものんびりと考えることなんてできなかったでしょう。

「生きてゆく」ということの大きないのちの働きが、このように成長を促してくれたのだと思います。
時間が解決してくれること、ということは、いのちの中にある力がチリのように少しずつ積もっていってくれているからなのではないでしょうか。

今年の終わりに

今年もたくさんの人にお世話になりました。
本当にありがとうございました。

去年は11年ぶりに関西に戻ってきて、転職などバタバタしてましたが、今年もいろいろとありました。

年の初めからうつ病で休職、1月2月3月はドン底というやつを味わいながらもジワジワと回復し、10月には復職。
復職してから3ヶ月が経過しました。
元通りとはいかないまでも、なんとか9時〜5時レベルでは働けそうな回復具合です。
まだまだボケーッとサボリ気味ながらの勤務時間の過ごし方ですが、すこしずつ仕事に集中できる時間を増やせてる感じです。
これを寛解、というのかどうかはわかりませんが、とりあえず順調にいってるであろうことはなんとなく分かります。
負のループから抜け出した、ということのようにも感じます。
今後も気をつけねばならないものの、以前のように潰れるまで強引に前に進むことはしない(できない)と思います。

今年はこれまでの人生の中で、もっとも出会いの少ない一年でもありました。
毎年新しい人と出会うのが楽しくて、新しい出会いの中でその人の感性に触れるたび、新しい自分がつくられていく、そんな感覚を持っていましたが、今年は出かけることも圧倒的に少なくなって、内向きというか自分の内面・精神性の部分をずっと見つめてきました。

そんな中、自分の中身を確認するのに、一番役に立ったのはウェブでした。
ウェブのコンテンツは一昔前と違って、画面の向こうに座っている人がイメージできるようになってきてると思います。
ブログを見ていても、テクニカルな情報だけじゃなくて、「身の上話」をしている人がよく見つかります。
自分語りをしているとき、画面の向こう側の人は、魅力がにじみ出ているように感じます。
実際に面と向かったときに話せないような身の上話、こういうのがさらっと書けるのはウェブの魅力だと思います。
そして、それを読むと、逆に自分の感性・内面というものが客観的に見えるような気がするのです。
もしくは自分に対する新たなハッとするような気付きを与えられるのかもしれません。
小説みたいな完成されたものでなくとも、物語には力があるということだと思います。

ブログをちゃんと書いてみようかなと思ったのも、そういうウェブの先輩方の影響かもしれません。
まだウェブとのつきあいかた、というのがしっくり来てない状況ですが、分からないながらも書き続けていくということが結構大事かなと思っている今日この頃です。Twitterをはじめとするいろんなツールを試したりもしています。
今年はそんな中、この文章を含めて短いもの、長いものありますが、131のなにかしらを書きました。

ブログに書いてた中で、一番印象に残っているのは場の研究所、清水博先生の一連の勉強会の内容です。
現代の社会は認識の問題を扱っており、存在の問題を扱っていない。
今置かれている現状を捉え、生きている、のではなく、生きていく、という形をつくっていかねばならない。
そのような中で、「場」のはたらきの力がどのようであるか。
苦悩からの救済、という意味での宗教、おもに仏教の果たす役割。
この世に果たして自分というものが存在するか、という問い。

そこから繋がり、ダライ・ラマ14世の自伝を読みました。
人の自伝を読むのは初めてだったかもしれません。
それぞれの人に与えられたものを運命とか宿命とかいうのであれば、このダライ・ラマに与えられたものがどれほど大きなものであるか、そんな中でも活き活きと「生きていく」という形を語ってくれている、ダライ・ラマ14世。
存在の問題に関するもの含め、彼の思想がギュッとつまった本でした。

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こんな風に日々ぐちゃぐちゃいろいろと考えて、アウトプットできることもできないこともあります。
うまく言葉にできないことは消えてゆくこともあります。
何かカタチになったものはここに書こうと思ってはいますけれど。

いつも乱文、読んでくださっている方、ありがとうございます。

何か自らの精神性について深く考えるとき、結局いつも辿り着くのは家族への想いです。
健康第一、という言葉も、家族への想いがあってこそ。

2009年という人生の一ページ、こんな一年も悪くない。
苦しみの中でも、身近で大切なひとたちへの想いを強くすることができた一年だったように感じます。

年末年始と寒くなるそうなので、皆様お身体を大切にお過しくださいますよう。

スポーツクラブを解約

昨日は久々にジムに行ってきた。
娘のインフルエンザの辺りから風邪ひいて、今一つ体調が戻らず、今でも鼻水が出てるような感じなので、行こう行こうと思いながらも行けてなかった。

たかが二週間ほどでも間が空くといつものメニューがキツく感じる。

5月の後半くらいから通い始めたので、大体6ヶ月。
ずいぶんとカラダの調子もココロの調子も良くなってきたことが実感できる。

始めたころはうつ病からくる物忘ればかりで、海パン、シューズ忘れるとか、ロッカーの鍵をジムでなくすとか、何m泳いだか忘れるみたいに、常に思考回路を負のループが埋め尽くしていて、そこに脳のほとんどが使われているような感じだった。
今では動かしている自分のカラダにある程度集中できる。

カラダとココロにはバランスが必要で、自分にとっては東京から関西に移ってきたときに失ってしまったバランスギャップが大きかったように思う。
テニスやサーフィン、フットサルなどで得られていたモノは想像以上に大きかったということかもしれない。

この6ヶ月、コストパフォーマンス的にもったいない(せいぜい月4、5回しか行ってないので)と思いながらもそれなりに続けてこれたのは本当に良かった。

さて、11月末の解約なので、カラダを動かす新しい何かを探してみようと思う。
ジムにこだわっていたわけではないし、あぁ最近行けてないなぁ、と考えてしまうことが今の自分には悪影響になりうる。
一度スパッとやめてみて、次に進んでいきたいというのが正直なところなのかもしれない。

さて、ヨガにしようか、ランニングにしようか、どうしようかな。

復職一ヶ月の面談

会社の提携病院にて一ヶ月経過の面談にいってきました。(この病院、偶然にも中高時代の友人が去年研修医でお世話になってたとこです!)

勘違いしていたけど、あくまでも面談であり、診療ではないということ、日常生活の様子など、事情聴取的な進行であっという間におしまい。

主治医とよく相談の上引き続き回復につとめて下さいとのことでした。

ちょっとセカンドオピニオン的な意見が聞きたかっただけに残念。

まだこのようなチェック機構があるだけ恵まれているわけですが。

ということで早めの昼飯食って会社に戻るのです。

復職して一ヶ月

月曜日年休入れて四連休にしたので、今日で復職一ヶ月経ったことになります。

娘のインフルでバタバタしたり、自分も風邪気味で体調崩したりしたけれど、なんとか順調によくなってきているように思います。

復職して二日目に昼から急激に頭がイタクなり、仕事どころではなくなってしまったことがありました。
少しでも早く周りに迷惑かけずにマトモに仕事できるようにならねば、と強く考えすぎたからかもしれません。
主治医には早めにそういう症状が出て良かったのでは、と言われて確かにと納得しました。

以降のんびりペースで進めてきたけれど、さてどこまでのんびりペースを続けるべきか、そんなところで悩み中です。

薬を飲んでる以上、病人なんだけれど、感覚は健常なつもりだけに、難しく考えてしまいますね。

甘さと厳しさのバランスで自分を律するなんて、今まで経験がないから難しいのでしょう、きっと。

新たな一日

今日から復職し、通常勤務が始まる。
1月半ばから休みはじめて9ヶ月半、それなりに悩み苦しみながら暮らしてきた。

今日を新たなスタートとしても、苦悩は簡単には消えるものでもないだろう。

それでも、少し地に足を着けて歩んでいかねばと強く願う、前に進むことに決めたのだから。

新学期のように、心躍るようなスタートでなくとも、スタートはスタートである。

幸い今日はいい天気。
皆さんよい一日を過ごされますよう!