メガネ男子

今年は2010年ということでメガネ始めました。
全然2010年とは関係ないのですけども、ずーっと使ってたコンタクトを切らしまして(ワンデイアクエア)、昨年末辺りから関西でコンタクトの安い店を探してたところ、東京で買ってた倍の値段ということが発覚。

東京で買ってた店(渋谷の八重洲コンタクト)はワンデイアクエアを押してたみたいで、大量に買うとだいぶ安くなってたようです。
まぁそんなワケで、同じコンタクトを倍の値段で買うのもバカらしいなぁと思い、メガネを新調するに至ります。
関西に来てテニスもサーフィンもできてないし、コンタクトニーズが自分の中で小さくなってるのも原因です。
あ、あと長年のコンタクトの爪あとでドライアイまっしぐらになってるのも原因の一つです。

ということで年明けから高槻のメガネ屋さんで新しいメガネを作りました。

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ちょくちょくコンタクトを外すタイミングではメガネをかけてましたけど、日常生活という意味では会社に行く時も常にコンタクトをしてたので、朝は楽になりました。ちょっとだけですけども。

で、よく巷で聞くメガネ男子ってのはどういう語源(ルーツ)なのか気になりちょっくら調べてみましたです。

はてなキーワードによると

眼鏡を掛けた女性に萌える「メガネっ娘」に対し

眼鏡を掛けた男性に萌える「メガネ男子」(→メガネくん)

mixiのコミュニティに端を発し、 NHKでのテレビ放送、書籍の販売と2005年になって一般にも浸透し始めた

メガネ男子 と メガネくん(メガネ君)
どちらも「眼鏡を着用した男性」を表す言葉だが、「メガネ男子」と表記される場合は、主に 3次元(実在する人物)のメガネ男性 を指すことが多い傾向が見受けられる。

2次元(漫画・アニメ)における メガネ男性 については主にメガネくん(またはメガネ君)と呼ばれている事が多い

最近じゃブームはウェブから始まるのが多いんでしょうか、渋谷の女子高生からスタートするブームもまだ残ってるんでしょうか。

それはさておき、ドライアイもこれを機会に治したいなぁーということでちょっとお高い目薬を買ってきました。
お高い目薬だけに、説明書もカラーです(笑)

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それにしても、説明書に絵が書いてるんですが、角膜まで突き抜けてるって、怖いですねードライアイ。

メガネと言えば、このネタがものすごく印象に残ってます、高校のときくらいに見たのかな?

半月以上経って、少しずつ慣れてきましたけど、やっぱり見えすぎるというのは疲れますねー。
(視力をちゃんと測り直したので、度数がそこそこアップしてます)

あと、「パパ男子」というの今年流行りそうなキーワードだそうで。
いつも読ませていただいている Fathering Japan の安藤さんのブログで知りました。

電通が作ったというあたりはバズワードっぽくて、あるところではイメージはあんまり良くなさそうですが、パパの若年層へのイメージアップ的には悪くないアイデアと思います。
もちろん、グッズなどの見てくればかりの方向に向かってしまうと切ない限りですけど。

うつ病から一年経って思うこと

ちょうど一年前、成人式の次の日でした。
午前三時頃に目覚め、布団の中で全身汗をかきながら震えていました。

もう、自分が自分ではない状態なのは、重々わかっていたような気がします。
あの時、もはや職場にいても何もできない自分は、完全に意味のない、価値のない存在であると思い込んでいました。
毎朝聴く日経をポッドキャストに入れて、聴きながら通勤していましたが、いつの頃からか iPod も聴かなくなっていました。
通勤電車の中では、1ページも進むことなく、業務知識の習得のための本が開かれていました。

何かをやろうとしても、一歩も前に進まない状態だったのです。
周りが気づいて止めようにも、半年しか一緒に過ごしていない同僚には何気なく振舞う私の内面は捉えられなかったことでしょう。
ここまでひどくなるまでに至ったことについて、上司含めてまったく周りを恨んだことはありません。
むしろ、この人達の役に立てない状況に対して、常に自分を追い込んでいました。

今思えば、半年で10年選手たちと肩を並べようなんてのがおこがましい考えだったわけですが、結局のところ無理をしたのです。
その一言に尽きるのです。

転職し半年、上手くいかない日々、この仕事は合わないのではないか、と何度も何度も考えました。
嫌いな仕事を続けていること、さらにその上時間を極限まで削られて子どもの世話もできないということが、心を蝕んでいるのだとずっと思っていました。
一度考え始めた思考は脳裏に焼き付き、どんどんエスカレートしていったように思います。
元々がプラス思考で生きてきたのに、環境の変化を甘く見すぎていたのです。
一度マイナスのスパイラルに陥ってしまうと、もはやそこから抜け出すことは出来ませんでした。

このようにして、徐々に心が壊れていったのです。
そして崩れるときには、がらっと大きく崩れました。

最初の一週間のことを、今でもよく覚えています。
上司の前で泣きまくって、申し訳ない、もう働けないと訴えました。
診断書を出してもらってからは、感情がなくなりました。
義母や義妹、実母がわざわざ来てくれているのに、微笑むことすら出来ませんでした。
洗濯物を一枚たたむのに、10分も20分もかかりました。
まさに、心がはたらかない、そんな状況でした。

3ヶ月経って
6ヶ月経って

いろんなことを考えました。

今、一年が経って、まだ道半ばですがずいぶんと心は軽くなってきています。

これは、仕事を休ませてもらったから、家族がいてくれたから、そのことが本当に大きいのです。

少しずつ、少しずつ。
一年しか経っていない、まだまだ落ち着いてゆっくり仕事に慣れなければならない。

このように考えられるようになったことが、この一年の進歩です。
今までの私の性格ではこんなにものんびりと考えることなんてできなかったでしょう。

「生きてゆく」ということの大きないのちの働きが、このように成長を促してくれたのだと思います。
時間が解決してくれること、ということは、いのちの中にある力がチリのように少しずつ積もっていってくれているからなのではないでしょうか。

今年の終わりに

今年もたくさんの人にお世話になりました。
本当にありがとうございました。

去年は11年ぶりに関西に戻ってきて、転職などバタバタしてましたが、今年もいろいろとありました。

年の初めからうつ病で休職、1月2月3月はドン底というやつを味わいながらもジワジワと回復し、10月には復職。
復職してから3ヶ月が経過しました。
元通りとはいかないまでも、なんとか9時〜5時レベルでは働けそうな回復具合です。
まだまだボケーッとサボリ気味ながらの勤務時間の過ごし方ですが、すこしずつ仕事に集中できる時間を増やせてる感じです。
これを寛解、というのかどうかはわかりませんが、とりあえず順調にいってるであろうことはなんとなく分かります。
負のループから抜け出した、ということのようにも感じます。
今後も気をつけねばならないものの、以前のように潰れるまで強引に前に進むことはしない(できない)と思います。

今年はこれまでの人生の中で、もっとも出会いの少ない一年でもありました。
毎年新しい人と出会うのが楽しくて、新しい出会いの中でその人の感性に触れるたび、新しい自分がつくられていく、そんな感覚を持っていましたが、今年は出かけることも圧倒的に少なくなって、内向きというか自分の内面・精神性の部分をずっと見つめてきました。

そんな中、自分の中身を確認するのに、一番役に立ったのはウェブでした。
ウェブのコンテンツは一昔前と違って、画面の向こうに座っている人がイメージできるようになってきてると思います。
ブログを見ていても、テクニカルな情報だけじゃなくて、「身の上話」をしている人がよく見つかります。
自分語りをしているとき、画面の向こう側の人は、魅力がにじみ出ているように感じます。
実際に面と向かったときに話せないような身の上話、こういうのがさらっと書けるのはウェブの魅力だと思います。
そして、それを読むと、逆に自分の感性・内面というものが客観的に見えるような気がするのです。
もしくは自分に対する新たなハッとするような気付きを与えられるのかもしれません。
小説みたいな完成されたものでなくとも、物語には力があるということだと思います。

ブログをちゃんと書いてみようかなと思ったのも、そういうウェブの先輩方の影響かもしれません。
まだウェブとのつきあいかた、というのがしっくり来てない状況ですが、分からないながらも書き続けていくということが結構大事かなと思っている今日この頃です。Twitterをはじめとするいろんなツールを試したりもしています。
今年はそんな中、この文章を含めて短いもの、長いものありますが、131のなにかしらを書きました。

ブログに書いてた中で、一番印象に残っているのは場の研究所、清水博先生の一連の勉強会の内容です。
現代の社会は認識の問題を扱っており、存在の問題を扱っていない。
今置かれている現状を捉え、生きている、のではなく、生きていく、という形をつくっていかねばならない。
そのような中で、「場」のはたらきの力がどのようであるか。
苦悩からの救済、という意味での宗教、おもに仏教の果たす役割。
この世に果たして自分というものが存在するか、という問い。

そこから繋がり、ダライ・ラマ14世の自伝を読みました。
人の自伝を読むのは初めてだったかもしれません。
それぞれの人に与えられたものを運命とか宿命とかいうのであれば、このダライ・ラマに与えられたものがどれほど大きなものであるか、そんな中でも活き活きと「生きていく」という形を語ってくれている、ダライ・ラマ14世。
存在の問題に関するもの含め、彼の思想がギュッとつまった本でした。

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こんな風に日々ぐちゃぐちゃいろいろと考えて、アウトプットできることもできないこともあります。
うまく言葉にできないことは消えてゆくこともあります。
何かカタチになったものはここに書こうと思ってはいますけれど。

いつも乱文、読んでくださっている方、ありがとうございます。

何か自らの精神性について深く考えるとき、結局いつも辿り着くのは家族への想いです。
健康第一、という言葉も、家族への想いがあってこそ。

2009年という人生の一ページ、こんな一年も悪くない。
苦しみの中でも、身近で大切なひとたちへの想いを強くすることができた一年だったように感じます。

年末年始と寒くなるそうなので、皆様お身体を大切にお過しくださいますよう。

私、ボク、時々オレ

このブログを初めていつの間にか半年過ぎています。

もうちょっと文体が固まってくるかな〜と思っていたけれど、なかなかそう簡単にはいかないです。

そもそも日常生活を振り返って見ても、まず自分の場合、主語を使い分けてます。

親に対しては「ボク」、これは2人の兄たちの影響が大きいかも。

一方で小学校のころから親しい友人に対しては「オレ」、これも小学校のころの周りの友達の影響が大きくて、そこで固まってしまったもんだからずっと今でも続いている気がします。

会社ではというと、社会に出て7年経ちましたが、ここ最近は「私」が増えてきました。自分自身がチヤホヤされてた新人のときの「ボク」から「私」に変わっていったからか、上司が「ボク」といってるのは若干違和感あります(笑)

ちなみに「私」に変わっていったのは尊敬する先輩たちはおおよそそんな感じだったからかもしれません。(もちろん例外もあります。)

で、ブログの話しになると、読み手をイメージして書くかどうか、ということなんでしょうけど、話題によってあの人に伝えたい、みたいなこともあったりして、なかなか難しいです。

素の自分で書くのがいいとしたら、どれだろうか、みたいなところも難しい。

ということで、今後も文体がいろいろブレそうですが、宜しくお付きあいください(笑)

復職一ヶ月の面談

会社の提携病院にて一ヶ月経過の面談にいってきました。(この病院、偶然にも中高時代の友人が去年研修医でお世話になってたとこです!)

勘違いしていたけど、あくまでも面談であり、診療ではないということ、日常生活の様子など、事情聴取的な進行であっという間におしまい。

主治医とよく相談の上引き続き回復につとめて下さいとのことでした。

ちょっとセカンドオピニオン的な意見が聞きたかっただけに残念。

まだこのようなチェック機構があるだけ恵まれているわけですが。

ということで早めの昼飯食って会社に戻るのです。

復職して一ヶ月

月曜日年休入れて四連休にしたので、今日で復職一ヶ月経ったことになります。

娘のインフルでバタバタしたり、自分も風邪気味で体調崩したりしたけれど、なんとか順調によくなってきているように思います。

復職して二日目に昼から急激に頭がイタクなり、仕事どころではなくなってしまったことがありました。
少しでも早く周りに迷惑かけずにマトモに仕事できるようにならねば、と強く考えすぎたからかもしれません。
主治医には早めにそういう症状が出て良かったのでは、と言われて確かにと納得しました。

以降のんびりペースで進めてきたけれど、さてどこまでのんびりペースを続けるべきか、そんなところで悩み中です。

薬を飲んでる以上、病人なんだけれど、感覚は健常なつもりだけに、難しく考えてしまいますね。

甘さと厳しさのバランスで自分を律するなんて、今まで経験がないから難しいのでしょう、きっと。

復職前の静かな休日

10月から復職となったので、今日と明日は休みをもらいました。

休職中の9月は、1日体調不良で休んだものの、残りは通常通りフルタイムで出社することができました。
業務はなく、資料を漁ったり、Webサーフィンして興味のある記事をTwitterにクリップしたり、と遊んでるようなもんでしたが、その時々、職場という場において自分の体調、心調を客観的に見つめるには貴重な時間でもありました。

今日、明日はまったく何をするつもりの予定も無い休みだけれど、頭を整理して落ち着かせるためになんとなく必要だと思っていた休みです。

さっき、久しぶりに娘を保育園に連れて行ってきました。
別れ際に「パパ、だっこぉ〜」と泣いてしがみつきましたが、先生が抱っこしてくれてなんとか落ち着きました。
泣き叫び続けること無く落ち着くことができるのは、日頃の先生方の愛情の賜物と感謝するばかりです。

復職したら保育園の送り迎えもなかなかできなくなると思います。
たまの年休を取ったときには、子どももお休み、というのがフツーの生活だと思うし。

それでも、休職中に何度もした保育園の送り迎えだけで、たくさんのことがわかったような気がします。
日常の中の、母の気持ち、子の気持ち、忘れないようにしたいですね。

とりあえず今日は2年ぶりに料理してみようと思います。
我が家ではめっきり掃除担当のパパですが、料理も少しずつはじめたいなぁと思う今日この頃なのです。
前に料理したのは、子どもが生まれてまだ奥さんが本調子でなかった頃のこと。

料理は嫌いでしたが、本当は嫌いじゃないのかも、なんて思うこともたまにあるのです。
村上春樹の本を読んでいると、よく料理を作るシーンが出てきます
そういうものに、感化されている可能性もありますけど(笑)

今日のメニューは、チャーハンです、簡単だそうです。

このタイミングで料理しよう、なんて「新しい酒は新しい皮袋に盛れ」とばかりに、内面外面ともに変化を求めているのかもしれません。
しかし、変化はゆるやかに、自らがおこさねばならない、というのが今の私の持論です。

うつになった認知の歪みは、簡単に矯正できるものではないかもしれない。
けれど、新しい皮袋をこしらえることで、少しずつ、新しい酒に変わって行ければと望んでいるのかもしれません。

この数ヶ月、良くなっては来たけれど、「行動の前のモヤモヤ」がまだ消えることはありません。
行動してからは消えてしまうこのモヤモヤを、確実に行動して行くことで少なく減らして行く、そんな風にしてうつ病の寛解を目指していくのです。

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物忘れが減ってきた

復職が決まりまして(10月1日)順調に回復中の今日この頃です。

今日は通院日で主治医の先生と話しながら自分の状況を振り返っていました。

話しながら思ったのは、以前から相談していた症状が話題にも上がらなくなっていたこと。

そういえば、最近ちょっとした物忘れが減ってきたし、イライラもずいぶんでなくなって我慢しているという自覚もないな。

こうやって忘れていく苦悩もあるけれど、こういう状況に陥っていたときの自分と、そのときの思考の傾向については忘れてはならないと感じています。

何かが無くなった分、何かが生まれてくる、そんな心境になることが最近は多いのでした。

フツーという感覚

最近ずいぶんと調子がよくなってきたように感じる。
あ、こういうのが普通だったかな、とふと考えることがよくある。

今でもたまに頭痛や吐き気はあるものの、少しずつ集中できる時間も増えてきた。
落ち込みのスパイラルに悩み苦しむことも減った。

まだまだよくなる余地はありそうだが、元通りにはならないのかもしれない、と直感的に思っていた。
生まれながらに病弱な人もいることを思えば、自分は恵まれた立場である。
これからうまく病気と付き合い、生きていくという形を考えていく必要がある。

調子がよくなってきた頃を境に、体調管理を記録していたのを止めてしまった。
こうやってケータイから書く、ということが認知行動療法的に再発を防ぐ一助になるのではないか、というのがモブログをはじめたきっかけである。

出来れば毎日書きたいが、無理は禁物、完璧主義的な発想は控えることにしよう。

あと、文体がおっさんぽくなりがちなので、気をつけたい…。

まぁいいや療法

勝手に名付けたこの技、結構うつ病からの回復期に使える技だと思っています。

2ヶ月ほど前から、復職に向けたトレーニングとして会社に通っています。

最初は週三日かつ午前中のみ、くらいからスタートして今はようやく週五日フル(定時までですが)でなんとかやっていけるようになってきました。

最初は家に帰ったらぐったりでなにもやる気は起きなかったけれど、ここのところはなんとか体調も良好な感じです。

さて、この「まぁいいや」ってやつが結構難しくて、うつ病患者はきっと自分がフツーでないことに負い目を感じるが故に「これじゃいかん」的思考に陥りがちだと思います。たぶんですけど。
そもそも頑張っちゃうタイプがなる病気ということも鑑みると、「これじゃいかん」的思考がやってくると、ぐるぐるループに落ち込んで、負の感情に包まれてドン底まで落ち込んでいってしまいます。

ちょっと考えれば分かることですが、「これじゃいかん」的思考は、内から発する思考であるが故、生産性もなにもなく論理的でさえありませんが、そのときに生まれでた感情はホントの自分だと思いこんでしまいがちです。
ホントの自分はそうじゃないってことは、外から見てる他人にはわかるけれど、自分では思い込みが強くて気付けない。

さて、じゃあどうすれば自分ダメダメモードのスイッチを押さないよう、常にきちんと外界からの刺激を受けた正しい思考を保てるようになるのでしょうか。

悟りをひらけばよいのですよ、え?、ということなんですが、これは前職の先輩から勧めてもらった本からヒントを得たのです。

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この本、いろいろ面白いことが結構論理的に書いてあったのですが、ザックリ噛み砕くと「いまに在ること」です。

解釈は本を読んでもらうとして、私なりに「いまに在る」ために考えたことはコレ。

「これじゃいかん」が頭に浮かんだら「まぁいいや」に変換する、これだけのことです。

負のループに入りそうな雰囲気を感じたら、ふっと肩の力を抜いて、深呼吸でもして頭をさらっと真っ白にしてみます。
うまく行かない場合はぼそっと声に出してみてもいいでしょう。

やってみると意外と簡単、だんだん慣れだして、さっきのことをスパッと忘れることができるようになってきます。
結局忘れんのかい、ということですが、ご安心あれ。
状況が良くなってくると、意外と大事なことは覚えてるんだなーっという状況になってきます。

こんな感じで2ヶ月過ごしてきました。
ずいぶん楽天的になったし、責任感は消え失せてるところもありますが、まだ寛解には遠いのだからそれでいいのじゃないかと思っています。

責任感については、いずれまた出てきたときに大切にしていこう、ってな感じです。
少なくとも、うつ病回復のステップとしてこのようなゆるい考え方で生きてゆく時期が必ず必要だと思います。

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